ヤクルトOBで日本維新の会参院議員の青島健太氏(68)は、埼玉・屈指の進学校の春日部に進学する際に野球をやめるか否かを考える分岐点があった。

母の実家は江戸時代から代々続く医者の家系。「母も私を医者にしたがっていましたから、入学当初は野球をやらないつもりでした。ところが練習風景を見ていて思わずボールを拾って返したら、先輩に勧誘されまして。体が動きたがっているのを感じて、入学式の日に内緒で入部しましたね」と懐かしむ。

母には放課後も図書館で勉強していると伝え、髪形を丸刈りにしたのも気合を入れるためといって隠したが、バレるまでに時間はかからなかった。「1年生のゴールデンウイークに川越工業と対戦して勝った時、私が満塁の場面で走者一掃の三塁打を打ったことが地元の埼玉新聞に大きく載ったんです。この記事を読んだ両親と激論になって、野球をやってるからを言い訳にせず、必ず医学部を目指して勉強は続けることで了解を得ました。あれがなかったら、僕の野球人生は終わってましたね」。

高2秋の埼玉大会で優勝するも、甲子園には縁はなかった。悔しさを晴らそうと勉学に打ち込み、医学部には入らなかったが一般入試で慶大に合格。慶大、東芝を経てドラフト外で入ったヤクルトに入団し、球団初の公式戦初打席初本塁打を放った。31歳で現役引退後の人生が青島氏を独自の道へと向かわせた。

オーストラリアで日本語教師に従事し、帰国後はスポーツライターやキャスター、そして現在は国会議員へと転身。「60歳を過ぎ、残りの人生でできることを考え、スポーツの機能を世に浸透させることに重きをを置いて政治を選びました。『健康は最大の社会保障』と考え、日本を心身ともに健康にすることが国力につながる。スポーツを通じて日本を健康にしたい」とビジョンは明らかだ。

昨年12月に立ち上がった超党派の国会議員による「野球の未来を考える議員連盟」では共同代表を務める。青島氏によると、議連には(1)交流など親睦を深める(2)課題を学び、知見を共有するための勉強会やセミナーを行う(3)社会課題を解決するための法律(議員立法)を検討、提案するといった性格に分かれるが「これらすべてを兼ね備えたフルスペックを目指しています。子どもたちが野球に出会う機会をどう増やしていけるか。自分がここまで歩んでこれた野球に恩返しをしていきたい」と話した。【平山連】

◆青島健太(あおしま・けんた)1958年(昭33)4月7日、新潟市生まれ。春日部(埼玉)では高2秋に埼玉大会優勝。慶大では東京6大学リーグ通算73試合に出場し9本塁打、51打点、打率3割1厘をマーク。東芝を経て、84年ドラフト外でヤクルト入団。史上20人目の初打席初本塁打を記録。89年の現役引退後はスポーツライターやキャスターとして活躍。22年に日本維新の会で第26回参議院議員選挙に出馬して初当選。右投げ右打ち。