背中を思い切り反り返らせて、金足農ナインが全力で校歌を歌い上げた。初出場だった84年夏の準決勝は、無名の農業高校が8回にPL学園・桑田に逆転2ランを浴びるまでKKコンビを追い詰め、一躍注目を浴びた。11年ぶりに出場した「カナノウ」が、今夏2勝目を挙げて節目の甲子園10勝に到達した。

 今大会に出場する公立校は56校中8校。商業高校4校に対して、農業高校は金足農だけで、農業系の学校の出場は09年の伊万里農林以来だった。学校統廃合や農業科の募集停止などで、農業高校は全国で117校まで減り、かつて5校あった秋田でも金足農と大曲農の2校になった。同校の渡辺勉校長(55)は「選手たちのおかげで他の農業高校さんからも『頑張れ』と連絡もらってます。机の上でパソコンを使って仕事するだけではなく、秋田では除雪も農業も建設業でも若い力が必要。生徒は地元に貢献したいという機運が高まってます」と期待する。

 金足農には5学科があり、毎年春には田植えの実習を行う。祖父が梨農園を営むエース吉田は、環境土木科で測量の授業を受ける。学校でブドウ、梨、トマト、ねぎ、キュウリなどを栽培する中で、「6番一塁」で1安打を放った高橋佑輔内野手(3年)は生物資源科で畜産を学び、鶏や豚を飼育する。「動物は人間のために生まれて、人間のために育って、人間の体のためになってくれる」と感謝。渡辺校長は「家畜を育てて、おいしく大切にいただくまでが授業」と言う。

 高橋は秋田県大会決勝の前日、ニワトリ小屋で「明日頑張ってくるからな」と話しかけながら全羽に餌をあげた。「いいことをすれば返ってくる。僕も羽ばたけました」。優勝翌日には、酷暑の中で豚に水浴びさせた。「豚も冷たい水だと、気持ちよさそうにするんですよね。熱中症対策です。だから僕たちも熱中症になりません」。

 愛情込めて育てているから、食事は誰よりも大切にする。宿舎にはあきたこまち200キロが届き、連日食卓に並ぶ。「米粒1つ1つ、大切にする気持ちで食事します。1粒も残しません。隣に肉を残した人がいたら、絶対僕が食べます」と笑った。大阪入りしてから、体重は4キロ増加。それもパワーの源になっている。

 一塁側アルプスには、かつて農業高校だった有馬(兵庫)吹奏楽部が応援に駆け付けるなど、農業でつながれた縁は深い。主な農業系高校の通算勝利は、日田林工(大分)7勝、御所実(奈良)5勝、嘉義農林(台湾)5勝、新発田農(新潟)3勝で、金足農の10勝は突出する。84年に4強入りした当時の監督、嶋崎久美氏(70)は「選手は“甲子園農場”ですくすく成長している」と喜んでいる。【前田祐輔】