侍ジャパンの素晴らしい戦いにはしびれました。多くの方々も同じ思いでしょう。「野球が好きになりました」と、わざわざ連絡をくれた知り合いもいます。球界にいい影響をもたらしてくれた「世界一」だったのは間違いありません。

同時にこんなことも聞かれました。

「イチローさんはどうしているんですか?」

オリックス時代からイチロー氏を取材してきたこちらの仕事を知っている方々からはそんな質問も出たのです。

「マリナーズで仕事してるんでしょ」と笑いましたが、たしかに大会中、イチロー氏のコメントというか視点はまったくと言っていいほど出てきませんでした。それこそモバイルゲーム「プロ野球スピリッツA」のCMの中で当時の心境を語っていたぐらいでしょうか。

かつてのメンバーだった松坂大輔氏らは解説者という仕事なので当然ですが、よくテレビに登場して話をしています。久しぶりに見るな、と感じる顔ぶれもいます。

もちろんイチロー氏は解説者ではありませんが、そういう状況を見れば、ファン目線で、この大会への思いや期待を彼の口から聞きたいという思いも自然かもしれません。

今後、祝福のコメントを出すかどうかはこれを書いている段階では分かりません。それでも、少なくとも優勝を決めるまではなかったように思いますし「イチローさんは?」という問いは、そういう発想から来ているのでしょう。

実は、同じ“疑問”をイチロー氏にぶつけたことがあります。今年1月中旬でした。

大リーグ組の参加も次々に決まり、すでに盛り上がっていたWBCムードです。2連覇を果たした09年の立役者であるイチロー氏の“露出”があってもおかしくありません。

イチロー氏はツイッターなどのSNSも使いませんし、メディアを集めて自ら何かを発信するということも、まず、しない。

従ってWBC関連のコメントが出てこないのも当然と言えば当然なのですが、それでも人情としては「あのときはね。今回は」と言う話があれば面白いな、と期待します。

そんな思いもあって、1月に神戸で自身の草野球チーム「KOBE CHIBEN」の練習を行っていたイチロー氏をチラリとたずねました。

「きょう練習しているのがよく分かりましたね」。そう笑うイチロー氏と少しだけ話をしたとき、そのことを聞いてみたのです。イチロー氏の答えはこんな感じでした。

「う~ん。何かを発信しないのかと言われてもね…。自分は自分のやることをやっているわけですし。そこでボクが出なくてもね」

いつものひょうひょうとしたあの様子でポツリと話したのです。言葉だけを聞けば、無関心のようにも思えますが、言いたかったことの意味は、こういうことと察します。

シーズン中は米大シアトル・マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターを務める一方、オフには高校野球を指導したり、女子野球と本気で対戦したりとイチロー氏の活動は独特です。

「プロ野球にもかかわったらいいのでは」と聞いたときには「プロ野球はボクに関係なく盛り上がるじゃないですか。それはいいんですよ」と笑いました。

なかなか日が当たらない場所で自身の存在が少しでも役に立てば-。イチロー氏の言葉からはそんな考えも感じられました。

日本中、あるいは世界に大きなブームを起こした今回の大会中、表舞台に出て話をすれば、大きな注目を浴びたでしょうが、それはしない。

「承認欲求」ばかりが目立つ世の中ですが、そういうものとは無縁のイチロー氏ならではの“美学”をそこに感じるのです。

過去に何をなしたかではなく、いま、何ができるか。それが重要-。イチロー氏のスタイルから、そんな思いを感じるのです。【編集委員・高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「高原のねごと」)