30年以上前、時期としてはっきりした記憶がないのですがタレントとしてバリバリ活躍されていた上岡龍太郎さんに、こんなウワサが出たときの話です。

「上岡龍太郎が京都知事選に出馬する」-。

当時は20代の芸能担当記者。上岡さんには、ときどき取材させてもらっていたけれど、ほとんどがテレビ番組の宣伝みたいなもの。その手の取材はしたことがありませんでした。

それでなくとも毒舌のイメージが強い上岡さん。若造がズバリと聞いたら怒られるかな、どうしたものかな、と戸惑っていたのは事実です。それでも疑問が残ったままでは困る。携帯電話も普及していない頃。思い切ってご自宅に電話したのです。

「ああ、あれね-。まあ、あなただから言いますがね。出馬はありません。間違いないですよ」

受話器の向こうの上岡さんは怒るどころか、笑いながらテレビなどで見るより、ゆっくりした口調でそう話してくれたのです。「あなただから」と言われるような存在ではなかったのですが穏やかな対応でした。

いろいろな人が、陰でいろいろ当たってるみたいですけど、ありませんよ。そんな意味のことも付け加えられました。

なんだかホッとしたような「特ダネにはならんな」とガッカリしたような不思議な気持ちでした。しかし記者として「直接聞く」ことの大事さを分からせてもらった気がしたのです。

その後、取材のフィールドは変わりましたが「直接聞く」という基本姿勢は忘れずにやってきたつもりです。若いときに偉大な芸人に接したことは大きかったし、感謝の気持ちはずっと残っています。

その上岡さんは、基本、阪神ファンでした。後年、いろいろあって近鉄ファンに“転向”されたと言う話もありますが「カネは出さないが口は出す」などという決まり文句も懐かしい気がします。

「テレビで怖そうと思われてて実際に会ったら優しい。そっちのギャップの方がいいでしょ。反対はいやでしょ」。別の機会にそんな話を聞いたこともあります。野球担当になってからあるパーティーでお話ししたときも阪神の話ばかりでした。

今年、本当に阪神が優勝すれば“ダメもと”でお話を聞きに行きたかった。そんな願いも届きません。また1人、ビッグネームが世を去りました。【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「高原のねごと」)