侍ジャパンの世界一の余韻に浸りながら、なじみのソバ屋に入った。お客さんはお年寄りばかり。そばを食べながら、おじいさん、おばあさんがニコニコしている。

「大谷はすごい。あんな孫がいたら、な」とか、「最後の場面、カッコよくてシビれたわ」。お年寄りをここまで興奮させた。やっぱり大谷翔平は異次元の野球選手だった。

世界一を見届けたファンには、いろいろな野球の見方があったと思う。特に大谷に関しては、どのプレーも印象深いものばかりだった。1次ラウンドのオーストラリア戦でのビッグアーチ。準々決勝のイタリア戦。意表を突くセーフティーバント。そして準決勝のメキシコ戦での9回裏、先頭で放った二塁打。どれもこれも想像を超えるものだった。

そして決勝。ユニホームを汚してマウンドに立ったクローザーを見たことがなかった。実は僕が最も感銘を受けたのは、投げる前の7回裏の打席だった。

放った打球はセンターに抜けるか、に見えた。しかしアメリカはシフトを敷いていてショートが倒れながら捕球。この時、大谷はどうしたか。全速力で一塁に走り、ベースを駆け抜けたところで両手を広げ、セーフをアピールしていた。

リプレー検証の結果、内野安打になったが、ここで示した大谷の本能に、彼のピュアさを改めて知ることになった。打席に入る前、すでに9回のリリーフが決まっていたはず。となれば、力の配分は投球の方にシフトして当然の状況。余分なエネルギーを使いたくないところなのに、大谷は違っていた。

全力で走ることの方が重要だった。打ったら走る。走ればセーフになるかもしれない。これこそがプレーヤーの本能であり、そこには計算なんてものは存在していなかった。

「セーフになると思えば、そら後先、考えずに走りますよ。それが本能。もしそれで足を痛めても、その時は何も考えていないから」。阪神時代の金本知憲は、こう言っていたことを思い出す。それは舞台の違いなど関係なく、野球選手としての本能の表現なんだ。

最後、トラウトを三振に斬り、グラブを投げ、帽子を投げ捨てて、喜びを表した大谷は本当にカッコよかったし、大谷だから似合う動きの連続だった。

とにかく今回のWBCの期間、まさにパワー野球の全盛という印象を強く受けた。大谷のバッティング、ピッチング、走塁はどれをとってもパワフルだったし、それが源にあるから、想像力豊かなセーフティーバントがより際立った。

侍ジャパンの中でも村上、岡本、吉田の「力」は輝いていたし、アメリカ打線もそう。世界の野球の潮流はパワーを前面に押し出したものに確実に成立している。

しばらくはWBCロスで寂しい時を過ごすかもしれないが、NPBの開幕が迫っている。WBCのイメージが強く残り、日本のレギュラーシーズンに物足りなさを感じるファンは多くいるだろうが、ここからはジャパニーズ・ベースボールを楽しみたい。

例えば阪神。どうしても阪神に結び付けしまうが、パワフルと表現できるバッターは大山と佐藤輝しかいない。それでも阪神は今シーズン、優勝候補の筆頭に挙げられている。パワーを補う野球。これで優勝に導くのがベンチワークとなる。

3月21日のオープン戦で、岡田彰布は先発メンバーの指名打者のところに投手の西純を入れた。いかにも岡田らしい発想である。「バントさせようと思って」と意図を解説したが、こういう細かい戦術で勝ちにつなげる。根拠のある用兵は、実におもしろい用兵だと感じた。

「そらバントもある。1回からバントで送ることもある。1点を取るために、な。1点を取らせにいくのがオレの仕事やし、ベンチの役割なんよ」。パワーが不足していても、それをカバーする方法はいくらでもある。パワーのぶつかり合いだったWBCから、今度はきめ細かさの野球を見る。これを楽しみに開幕を待つことにする。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)