5月24日のヤクルト戦(神宮)。相手のミスで巡ってきたチャンスで、佐藤輝がライト線に素晴らしい打球を放った。まず同点、そして一塁から大山もかえり逆転…。信じられない光景に、三塁側ベンチの前に選手が飛び出し、大喜びしていた。

それがテレビで映し出されると、その中に監督の姿もあった。岡田彰布がベンチから出て、両手を広げていた。これはなかなかレアな光景だ。ベンチの中で顔をクシャクシャにして笑う姿はあっても、ベンチの外まで出ての姿。逆に「らしくない」と見て感じていた。

「そんなん、監督はいろいろやることがあるやん。先にそのことを考えるからな」。一喜一憂する前に、次の手を考える。同点になったらどうする? 逆転したら、どうする? 先の先まで読んで、考える。これが監督の習性なのだが、岡田は特にその傾向が強い。

この日は次の一手は決まっていた。9回裏は岩崎! だから考える必要はなかったけど、岡田は極端な話、試合が始まった時点から、終了時のイメージを膨らませ、先の先まで展開を読む。まるで将棋のように。「何手先まで考えるかって? どう転んでもいいように、頭の中で準備しているだけやけど」と口にしていた。

準備=危機管理。岡田はここを徹底する。それは2軍もそう。他球団のことはわからないし、特にファームの情報はめったに入ってこない。そんな時、日刊スポーツで小さなファームの記事を目にした。新外国人投手のビーズリーに先発テストを施すというもの。その前にもルーキー富田をファームで先発させている。いかにも岡田らしい発想であった。

備えあれば憂いなし…。だから2軍のゲームも視察する。実際に自分の目で確かめ、準備を進める。だから2軍首脳とも連絡を密にする。ビーズリー、富田の先発テストも、2軍監督の和田豊に伝えて試すことになった。

野村克也が監督時代、岡田は2軍の監督だった。その頃を振り返り、ため息をついていた。「野村さん、2軍の試合、1回も見にきたことがなかった。連絡もなし。いつもヘッドコーチを介してのものやった。それでよく1、2軍の入れ替えをやるな、とずっと思ってたわ」。それがあったから、岡田は2軍のことを気にかけ、連絡を取り、風通しをよくしてきた。

「先発投手は何人いてもええわけで」。現在、充実の投手陣をそろえても、その考えは変わらない。前回の監督時、オリックスの監督の時もそう。長いシーズン、必ず投手不足に陥る時がやってくる。その経験があるからこそ、備えは怠らない。富田、ビーズリーを試すのも、可能性を見いだすため。ピンチが訪れても、あたふたしないために、最善の準備をコッソリと…。これが経験値というもの。

青柳、西勇が本来の姿ではない。それを大竹、村上の新戦力が補っている。しかし、この2人だって、この先、どうなるかわからない。長いシーズン、フルに投げた経験はなく、このまま順調に続くと考えるのは危険である。そういう時が実際に起きた時、即座に次の一手を繰り出せるように。

それを実現するためには2軍との連携が重要になってくる。和田豊を2軍監督に推し、本人にこう伝えた。「いつまでスーツ着て、ネクタイ締めているんや。そろそろユニホームを着たらどうや」。これで和田の心が決まった。これで岡田-和田のホットラインができあがった。

「オレは2軍監督を経験しているし、2軍の大切さを自分なりにわかっているつもり。頂点に立つには1軍だけではダメ。2軍からの突き上げが必ず必要なんよ」と力説してきた。

今シーズン、青柳、才木、西純らを2軍に行かせ、再調整を促している。一方で変わる人材として2軍から引き揚げた投手をマウンドに上げ、ヤクルト戦では島本が勝ち投手に。さらに次の巨人戦では桐敷を先発にする、という話もある。改めて、備えあれば、憂いなし。岡田イズムは着実に進んでいる。【内匠宏幸】(敬称略)