「ブルペン勝負!」。現在の野球、勝敗の分岐点はブルペンにある。阪神監督の岡田彰布は常にそれを力説する。

先発投手が完投、完封するケースはほとんどなくなった。となれば、継投がポイントになる。いかに力があり、テクニックがあり、度胸が備わっていて、バラエティーに富んだスタッフがブルペンにいるか。これが勝負の決め手になる。

7月2日の東京ドーム。巨人戦での両チームはまさにブルペン勝負を繰り広げた。先発投手が試合中盤でマウンドを降り、そこから延長12回、戦い切るまでリリーバーは互いに失点しなかった。

「エエ試合やった」と岡田は振り返った。緊迫の投手戦。勝ち負けを越え、改めて岡田はタイガースのブルペンの強さを感じていた。

その中で、特にしびれたのが岩貞の存在であった。この巨人3連戦で3連投。押すところは押し、引くところは引く。懐の深いピッチングを十分すぎるほど示した。

巨人対阪神 9回裏巨人2死二塁、長野を投手ゴロに仕留めた岩貞(撮影・浅見桂子)
巨人対阪神 9回裏巨人2死二塁、長野を投手ゴロに仕留めた岩貞(撮影・浅見桂子)

岩貞祐太は2013年度のドラフトで1位に指名され阪神に入団した。横浜商大出身で、正直、なじみのない投手だった。外れ1位だったこともあり、例年に比べて注目度の薄い1位だった。そこから先発、中継ぎで9年。今シーズン節目のプロ10年目を迎えた岩貞に転機が訪れようとしていた。

昨年末、監督復帰が決まった岡田はひそかに投手陣再編を練っていた。この段階では先発としての大竹、村上の名はなかった。だから先発陣を考えた時、岡田の頭にひらめいたのが「岩貞」の名前だった。評論家時代、ネット裏から見ていた岩貞のピッチングを高く評価していた。左腕としての利点、キャリア豊富なマウンドさばき。持ち球それぞれが一級品であり、岩貞を再編の目玉にすることにした。

岡田はすぐに動いた。投手コーチの安藤に連絡。岩貞の先発固定プランが進んでいった。「あの時点では左の先発が伊藤将だけ。だからあとひとり、サウスポーの先発が必要やった」。その空いたパズルを埋めるのが岩貞だった。

この時点で岩貞の心持ちも大きな変化があった。それまでの3年、セットアッパーとして多くのゲームを投げてきたところからの先発転向。そうなればすべてが変わる。調整の仕方がガラリと変わり、中6日に合わせた用意が必要。そこに向かっていきながら、ここから180度、進む方向が変わっていく。

先発投手は若いピッチャーの成長で、十分に回っていくことが可能になった。逆にリリーフが手薄になる事態に…。岡田は熟考する。だから前言を撤回した。岩貞は先発。これを白紙に戻し、そこから急転、ブルペンの柱に戻すという波乱に満ちた修正案に出たのである。

リリーフから先発。ここで新たに気合が入った。おまけに背番号「14」を能見から受け継いだ。先発として挑戦する気持ちにあふれていたところで、再びリリーフに…の指令。岩貞の心の中、想像してみても複雑に揺れていたに違いない。

巨人対阪神 9回裏巨人2死二塁、岩貞は長野の打球をはじくも投ゴロに打ち取る(撮影・上田博志)
巨人対阪神 9回裏巨人2死二塁、岩貞は長野の打球をはじくも投ゴロに打ち取る(撮影・上田博志)

岡田は岡田で、申し訳ないという思いがあった。チームの事情とはいえ、短い期間の中での配置転換。特にデリケートな投手のメンタルを考えれば、岩貞にメリットは何もなかった。

投手コーチの安藤から聞かされた再転向。チームの事情によって、自分自身が振り回されるわけだ。これもチームだからということで、よくある話だが、岩貞はそれをうまく切り替えた。プロ10年目、キャリアが心の変化に勝った。すぐにブルペンを支える側にシフトし、ブルペン最年長として、いまは勝ちパターンの真ん中に立つ。

この岩貞を含め、阪神のブルペンには訳アリの3人のサウスポーがいる。岩貞に、故障から手術、リハビリを乗り越えた島本。湯浅が戻ってくるまでといわれながら、クローザーとしてドンと構える岩崎。ブルペン勝負の阪神には、頼もしい左腕トリオが待ち構えている。【内匠宏幸】(敬称略)