7月16日の甲子園。午後5時30分、中日戦の先発メンバーが発表された。1番森下から2番中野…と予想通りの名前が出て、7番のところにきた。そこで「?」となった。先発投手は伊藤将だから当然、梅野が捕手と思っていたら、そこに坂本の名が。

レギュラー捕手は梅野と、監督の岡田は公言してきた。坂本はあくまでサブ。岡田はメンバー固定にこだわる監督である。捕手の併用とか、1カード3試合で3人の捕手を日替わりで先発させるなど、もってのほか。正捕手がシーズン最低でも100試合先発という方針を掲げていた。

ところが開幕して間もなく、大竹や村上が先発の時、坂本を起用したら、これがハマった。坂本先発時のチーム勝率は驚異的。それでも梅野の「正妻論」は変わらなかった。

だから、この日も梅野先発と思っていたのだが、坂本に変更。敗戦後に理由を問われ、岡田は「あの試合の最後がひどかったから」と15日のゲームのことを持ち出した。

16日、阪神対中日 7回裏中日1死二、三塁、伊藤将(右)と話し合う捕手坂本(撮影・上山淳一)
16日、阪神対中日 7回裏中日1死二、三塁、伊藤将(右)と話し合う捕手坂本(撮影・上山淳一)

2点リードで9回表、岩貞が抑えに出たが、リードを守れず、延長に入り、最後は中日にやられた。その時の梅野のインサイドワークが大いに不満だった。それが原因で梅野から坂本への変更になったのだが、実はそこには伏線があった。

7月13日のDeNA戦。村上先発ということで坂本が起用されたが、その試合中、ベンチの中をテレビカメラが抜いていた。そこに映し出されたのは岡田が梅野に語り掛けている光景だった(確認していないが、まず間違いなく岡田と梅野の会話だったと思う)。これはかなりレアな行動だった。試合中、岡田がコーチ以外と会話するなんてことは、これまで見たことも、聞いたこともなかった。

かつて野村克也は、試合中、捕手を自分の近くに呼び、あれやこれやと直接、指導した。岡田はまったく逆で、ゲームの最中、勝ち負けに没頭、選手と会話など、することがなかった。だから、あのシーンが妙に印象に残ったのだが、中身はリードに関してのこと。それしかなかったはずだ。

16日、阪神対中日 7回表中日2死二、三塁、坂本は二塁を狙う後藤を二塁で刺す(撮影・上田博志)
16日、阪神対中日 7回表中日2死二、三塁、坂本は二塁を狙う後藤を二塁で刺す(撮影・上田博志)

それを踏まえて先発起用した15日の試合。終盤に投手陣が崩れた要因のひとつに梅野のリードがあったと判断。岡田にすれば「あれだけ注意したのに…」の思いがあったに違いない。

前回の監督時、矢野という不動の捕手がいた。岡田は矢野に全幅の信頼を置いていた。その理由を問うと、こう答えている。「キャッチャーというポジションは、いいかげんに考えたらアカンわけよ。まあエエわ、ってサイン出すわけにはいかない。慎重に、それでも大胆に。その使い分けを矢野はできるから」。

2005年のリーグ優勝のシーズン。ほとんど矢野が守ったのだが、試合中、迷ったときはベンチの指示を仰ぎ、実に基本に沿ったインサイドワークに徹した。「キャッチャーというのは、それくらい繊細でないとダメ。矢野はそれができた」と振り返っている。

交流戦からチーム状態はずっと下降線をたどったまま。それでも岡田は打線の組み替えとか、先発メンバーの入れ替えを、マイナーチェンジにとどめているが、いよいよ守りの根幹である捕手にメスを入れた。

16日、阪神対中日 3回裏阪神無死、坂本は中前打を放つ(撮影・上田博志)
16日、阪神対中日 3回裏阪神無死、坂本は中前打を放つ(撮影・上田博志)

梅野でいくのか、それとも坂本か。7月16日をもって、固定観念を捨てた。投手〇〇なら梅野、投手△△なら坂本という決め事を撤廃していくかもしれない。打てない間は、守りでしのいでいく。その基本になる捕手を、まず手始めに変化をもたらす。後半戦、岡田はかたくな姿勢から、自在性のあるキャスティングに転じると、僕は予測する。

首位で折り返すことは決まった。しかし、いろいろな問題が横たわっている。1番問題、3番問題。5番問題に佐藤輝問題。投手陣もクローザー問題がある。そこを後半戦、どう解決していくのか。捕手起用法をスタートに、岡田の監督力が試される時が来る。【内匠宏幸】(敬称略)