ヤクルトの石川雅規投手(46)のピッチングをリポートします。プロ25年目の左腕であり、プロ野球史上初となる24年連続勝利の偉業を打ち立てた、通算188勝の大エースです。
◇ ◇ ◇
私はただひとつのことだけに集中して、マウンドを見ていた。「石川はあれだけ首を振って、いったい何を投げるんだろう?」。
初回、2死からカストロに二塁打を打たれた後だった。打席は有薗。この打席で、私は非常に象徴的な場面に遭遇した。
初球はシンカーが決まってワンストライク。
2球目は内角の真っすぐが外れて1-1。
3球目は外角へのシュートか、あるいはチェンジアップも有薗は見送って2-1。
4球目は外角へのシンカーを空振りして2-2。
5球目、石川が内角真っすぐをひっかけて足元への投球となり、3-2のフルカウント。
そして6球目のサイン交換となったが、ここからが長かった。まず、捕手鈴木叶とのサインが合わず、おそらく複数回石川が首を振り、いったんプレートから足を離した。仕切り直して、再びサイン交換も、またも石川が首を振り、決まらない。石川は2度目のプレートを外す。
さらにサイン交換に臨むが、ここでも決まらない。何と、石川は3度目のプレートを外す行動となった。珍しい。私もどうなることかと、目が離せなくなった。石川は苦笑い。マスクをつけた鈴木はもちろん背中しか見えないが、どういう表情をしていたのだろう。
こうなると、俄然興味は深まる。そこまで意思疎通で苦しんだ末、石川が何を選択したのか、興味津々だった。たぶん合計で6、7回首を振り、3度プレートを外した末に投げたのは内角真っすぐだった。しかし、コースは鈴木が構えたところだったが、低く外れて四球となった。
私はこう考えていた。4球目の外角シンカーを空振りしている。それで追い込んでいるから、5球目の内角真っすぐは決めに行ったと感じた。それが、わずかにひっかけて、足元へ外れたことで、鈴木と石川の間で考えに相違が出来たのだろう。
ここからは私の推測だ。鈴木は5球目の内角真っすぐを有薗に意識さておいて、6球目は4球目に空振りを奪ったのと同じシンカー、あるいはチェンジアップで、シンプルに振らせようと考えたのではないか。これは、捕手をしてきた私の考えも加味したまったくの想像だ。
しかし、石川はそこかららさらに裏の裏をかいて、外を意識させると見せて、内角にズバッと斬り込んで詰まらせたいと狙ったのではないか。この駆け引きが石川が長くプロ球界で生き延びてきた秘訣、奥義とも言える。まさに、打者との読み合い、心理戦で生き残ってきた石川の真骨頂ということだと感じた。
あの3度プレートを外してまで執着した打者の裏の裏をかいた内角球を制球ミスして、石川は初回4失点。久しぶりに石川の実戦登板を見た私にとっては、とても考えさせられるシーンとなった。
ひとつには、石川は何も変わっていないということだった。46歳の大ベテランになっても、私が中日コーチ時代に敵として見ていたままの、ひょうひょうとしながら、自分の持ち味のコンビネーションを生命線にしたピッチングをまっとうしている。若い鈴木と息が合わなくても、マウンドの石川は表情を変えずに、ただプレートを外して、何とか呼吸を合わせようとしていた。
この日はうまくかみ合わなかったが、少なくとも石川の打者を観察する力量は少しも曇っていないように見える。5球目の真っすぐをひっかけたことが最大のミスで、あそこでつまづいたことで、6球目の選択がバッテリーで合わなかっただけのことだろう。
計算した配球と、投げミスのないコントロール。この2つが石川を支えている。そのどちらかのクオリティーが衰えれば、苦しくなる。それを石川がよく理解しているからこそ、マウンドでは冷静にし、そして自分の求めるスタイルを穏やかに貫こうとしている。
さて、私は捕手を長く務めてきた。20歳の鈴木が、46歳の大ベテランの石川とバッテリーを組むことは、大いなる経験になる。お金を払ってでも得られる時間ではない。それも、ただ石川に任せているのではない。鈴木の考えも示しながら、そこから石川の投球術の妙を肌で知ることができる。捕手にとって生涯で何度も味わうことができない、まさに稀有な瞬間だった。
石川が抑えることで学べることもある。しかし、この日の様に、何度もサイン交換をやり直す中にこそ、石川の求める考えと、鈴木が直面している配球の中に、多くのヒントが隠されているのだ。今の鈴木に、石川の考えのすべてを理解しろとは言わない。この日のサイン交換を決して忘れるなと、そこはしっかり伝えておきたい。
「なぜ石川さんは内角真っすぐを選択したのか?」その答えを、この日の有薗の初球からさかのぼって、何度も何度も反すうしながら考えてほしい。ベテランとして実績を積んできた投手には、生き抜いてきたやり方がある。それを垣間見れただけでも鈴木には財産になる。
だから、3アウトでチェンジになった時、マウンドから降りてくる石川を待ち、あるいは自分から歩み寄って、1秒でも早く、1秒でも多く、言葉を交わしてほしい。ベンチに座って落ち着いてから話し合ったかもしれない。しかし、4失点した直後のマウンドから降りてくる投手の第一声こそが、鈴木が聞くべき言葉であると、私は考える。
私の経験上、投手の中には勝負球のサインは一発で決まらないと、うまく行かないタイプもいる。気分が乗っている時、投手の狙いと捕手の狙いが違うと、投手は気持ちよく投げられない。「ヨシっ」とリズム良く投げたい投手もいる。
この日観察していた石川はそういうタイプではもちろんない。感情を抑制し、冷静で動じない。そういう姿勢に感じた。しかし、心の中ではもちろん「分かってくれよ」という思いもあるかもしれない。そこに寄り添っていくのは捕手の役割であり、捕手にしかできない仕事だろう。
エドポロに打たれたことよりも、有薗への6球目に要した何とも言えないじりじりした時間こそ、鈴木が決して忘れてはいけない「間」であったと思う。
石川はこのままのスタイルで、しっかりコンディショニングを維持して、来たるべきチャンスに備えてほしい。
そして鈴木は、先述したように石川とバッテリーを組めた中でよぎった感想を元に、石川がどう考え、自分の配球との違いがどこにあるのかを、よくよく見つめ直してほしい。(日刊スポーツ評論家)





