11日にドラフト会議が終わり、21年の高校球界も各地区秋季大会を残して大きな行事を終えた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で20年は中止になった春夏の甲子園大会が、復活。選手、指導者、運営側が工夫を重ねて2年ぶりに開催された大会が思い出に変わる前に、書いておきたいことがある。

8月29日、智弁和歌山と智弁学園(奈良)との決勝。序盤から試合は動き、初回に智弁和歌山が4点を先制した。智弁学園も2回に反撃。1死二塁から1点を返し、2死から谷口綜大(そうた)外野手(3年)の三塁打で2点目を追加。谷口は一気にホームを狙ったが、アウトとなり、3点目はならなかった。

スコアブックに「TO(タッチアウト)」と書き込み、顔を上げて驚いた。アウトになった谷口が、手でホームベースの土を払っていた。激走かなわず、智弁和歌山に1点差に迫る得点をつかめなかった。そういう走者が悔し紛れに地面をたたく姿なら、何度も見てきた。だが谷口は、ホームベースを掃除してベンチに戻っていった。

後日、智弁学園の小坂将商監督に聞くと「いつも、目についたゴミを拾っているんですから」の言葉が返ってきた。井元康勝部長も「普段からね、そういう子です」と、優しい声だった。早朝から、奈良・五條市の学校周辺の道に落ちていたゴミを拾い集めていた。

昨秋は背番号を手にしながら、谷口はセンバツのメンバーからもれた。自分に足りなかったものを見極めようと普段の生活を見直し、掃除を始めたという。夏の奈良大会では、背番号13でメンバーに復帰。高打率で奈良制覇に貢献し、甲子園の背番号はレギュラーナンバーの9に変わった。決勝での“1プレー”は「球審の方への気遣いだったかもしれない。または、次の回に投げるうちの投手への気配りだったのかもしれない。とにかく、とっさに取った自然な行動だったと思います」と小坂監督は思い起こす。

普段の行動、姿勢が表れるのが高校野球だという。単にグラウンドまわりのゴミを集め続けたからといって、本塁打を量産できるわけではない。剛球を投げられるわけではない。だが自分で何かをやろうと決め、日々やり遂げれば、自信がつく。ここ一番で、周囲を見渡せる冷静さにもつながる。それを示した行動だったのでは、と小坂監督は教えてくれた。

新型コロナ感染拡大の猛威がおさまらず、夏の甲子園は無観客だった。ただ、1人の選手が自然に見せた行動を、甲子園を楽しみにするファンにスタンドから見てほしかった。【堀まどか】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)