大阪・伊丹空港から搭乗した飛行機の乗客は8割以上がマスクをしていた。もちろんこちらもしている。阪神を含むプロ野球関係者が多数、乗っていた。那覇空港に着くと阪神関係者もマスク、マスク。だが中にしていない人物が…。

「マスクしてませんやん?」。思わず聞くと「そうなんや。他のヤツに『あんたはコウモリやから大丈夫やろ』と言われたわ」。思わずニンマリしたが、やはり、笑い話ではない。

まさに“厳戒キャンプ”となった。夕刻、宿舎で行われた恒例のミーティングの後、広報が新聞、テレビの担当記者を集めた。そこで以下のことを伝えた。

(1)このキャンプ中、サインなどのファンサービスをするとき選手らはマスクを着用する(2)ファンも体調が優れない場合は球場に来るのを自粛してほしいし、体調管理をしてほしい(3)記者、カメラマンも体調管理をしっかりしてほしい。手洗い、うがいを含めて…などなど。

こんなことを球団がメディアに通達するのは異例だろう。それだけに正体不明の新型コロナウイルスに対する恐怖が大きいということだ。そこで思い出すのは17年前、やはり中国を中心に大流行した「SARS(重症急性呼吸器症候群)」が猛威を振るったことだ。02年秋から03年夏場にかけての騒動を覚えている。

当時、虎番キャップになった頃だ。万一、感染したらどうしよう、いや大丈夫、などと自問自答を繰り返しながら頭の片隅にあったことを思い出す。結局、日本人の被害はなかったと記憶しているが、姿の見えない病原菌はこわい。

03年は闘将・星野仙一が阪神を率いて18年ぶりリーグ優勝を決めた年だ。そのときの記憶を当時は正捕手、現在は指揮官となっている矢野燿大にこの日、聞いてみた。「SARSですか? う~ん、あまり覚えてないですね」。そう言うだけだった。

近い中国といっても海の向こうということもあったし、そんなに観光客も多くなかった。何より当時は優勝へ向け、死にものぐるいで戦っていたときだ。ニュースの記憶がないのも当然かもしれない。

そして優勝という大きな喜びだけが記憶に残っているのだろう。矢野阪神2年目。被害が最小限ですみ、今回の問題が早く終息することを願いつつ「あの年も阪神は勝ったんやな」と振り返れればいい、と思う。(敬称略)