2019年、大学野球を取材する中で印象的なシーンがあった。

10月30日--立大対明大戦。立大1点リードの1-0で迎えた9回裏、明大の攻撃。立大のマウンドにはエース田中誠也投手(4年=大阪桐蔭)が上がった。

この1点を守りきれば、立大は勝ち点3を挙げる大事な試合。田中は、1戦目で先発完投しこの日は出番がない予定だったが、チームメートから「最後はエースの誠也さんで」と涙でマウンドに送り出された。試合中にもかかわらず内野陣も皆、涙を流す中「ここで自分も泣いたら、制球力が乱れる」とグッとこらえ、1球1球、チーム全員の思いを乗せて投球を始めた。

二ゴロ、中飛と簡単に2死に追い込み、アウトあと1つというところで、明大が代打に送ったのは、エースで主将の森下暢仁投手(4年=大分商)だった。

田中と森下。2人はともに1年春からリーグ戦で投げ始め、2年春からは、互いにチームのエースとして投げ合ってきた。昨年の大学日本代表ではともに日の丸のユニホームを背負った仲。ライバルであり、普段からも仲の良い友達。マウンドとホーム、18・44メートルの距離に対峙(たいじ)した2人は目を合わせ、ほんの一瞬ほおを緩めたように見えた。田中は「お互いにアイコンタクトで『これが最後やな』っていう気持ちが伝わった。何か、こみ上げるものがありました」と振り返った。

田中が森下に投じた2球目。力みから真っすぐが高めに浮き内野安打に。しかし、次打者の時に森下が盗塁を試み、藤野隼大捕手(4年=川越東)の二塁送球でアウト。ゲームセットとなった。田中は「思い切り勝負したいと思いました。森下には打たれたけど、渾身(こんしん)の勝負ができたと思う。大学4年の最後で森下と対戦できてうれしかったです」と笑顔で大学野球を終えた。

互いにリスペクトしながら成長してきた。リーグ戦通算勝利数は田中が16勝で森下は15勝。わずか1勝ながら田中が勝利。しかし、田中は言う。「森下には素材で歯が立たない。でも、戦う相手としてはライバル。同じ年代で同時期に投げていて、いい相手エースだった。この4年間、あいつと投げ合えたことができたのは幸せでした」と。

森下もまた、田中のことを「大学野球で一番印象に残る選手」と話す。春の明大対立大戦。森下は田中との投げ合いで敗戦すると「誠也のような緩急をつけた投球をつけなければダメなんだ」と、自らの投球を見直すきっかけとした。一方、田中は、エースで主将も務める森下のチームを引っ張る姿に影響を受けた。チームメートに応援される存在になるには、先頭に立ち声をかけて信頼を得る。技術だけでなく、エースとしての資質を学んだ。今秋のリーグ戦も、率先してチームを鼓舞し勝利につなげた。前半戦、なかなか勝利できずに気落ちする選手が多い中「いい顔をして、試合をしようよ」と声をかけ続けていた。

「みんな元気がなかった。そんな精神状態では力は発揮できない。もったいないでしょう? だから、いい顔をしてプレーしよう、と声をかけたんです」

最終戦、最後の1イニング。チームメートから涙で送り出されたマウンドは、立大のエースとしての存在の大きさを示していた。

今秋、森下は広島にドラフト1位指名され、入団を決めた。一方、田中は東京ガスへ就職し、社会人野球で野球を続ける。田中は「プロ入りした森下のことはうらやましい。僕も負けたくない」と2年後のプロ入りを見据え闘志をみなぎらせる。この4年間、東京6大学野球の舞台を飾った2人の投手が進む、別々の道。10月30日の試合後、笑顔で握手をして別れた2人が、いつか再び同じ舞台で投げ合う日が楽しみだ。