市川越が夏の埼玉大会では初となるタイブレークを制し、延長13回でサヨナラ勝ちした。市川越の諸口栄一監督(57)は「勝ったから良かったけど、きついですね」と笑い「勝ち上がっていく上でいい経験ができた」と手応えをつかんでいた。

 最後は、延長13回を1失点で完投した太賀龍丈投手(3年)が決めた。13回裏無死一、二塁から犠打で走者を送り、エースに打席が回った。投げ合いを演じた武南の新田英貴投手(3年)は「(太賀は打席で)笑っていた」と言う。太賀は「向こうも打席で笑っていました」と笑う。負けたら最後の夏を、2人とも、両校とも楽しんでいた。

 1死二、三塁。太賀が振り抜いた打球は、打った瞬間にサヨナラと分かるセンターオーバーの大飛球だった。太賀は打球が上がった瞬間に「よっしゃー!」と叫んだ。

 延長12回が終了、武南ベンチでは新井功監督(51)が選手を集めた。13回表の攻撃で、まず送りバントすることは決めていた。1死二、三塁で打つか、スクイズか。「どうする?」と選手に尋ねると「打ちたいです」の声が圧倒的多数。選手の気持ちを信じた。

 市川越ベンチは、瀬良潤平捕手(2年)に守備陣形をゆだねた。「内野手5人」などトリッキーな策は考えず「内野は前進守備」にとどめた。1死二、三塁から9番・新田が投ゴロ。三本間で三塁走者を挟殺し、三塁未到達だった二塁走者をもアウトにし、無失点でしのいだ。

 瀬良はこの試合、20回近く、マウンドの太賀へ足を運び、時にはスクイズ外しにも成功した。「初戦で焦って苦戦した。今日は少し間を多く取ろうと思った」。13回裏、作戦は武南と同じだったが太賀がサヨナラ打を放ち、瀬良が生還し、ナインで抱き合った。

 両ベンチとも接戦は想定しても、タイブレークまでは想定していなかった。武南の藤沢香那マネジャー(2年)は慌ててタイブレークのスコア記入法を確認した。練習試合で2度、タイブレークの経験があった(2戦2勝)。一方、市川越は初めてのタイブレーク。登坂萌愛マネジャー(3年)は、記入法を書いた用紙が見つからずに慌てた。何とか記入したが、最後のサヨナラ打だけはナインの歓喜に巻き込まれ、試合後にスコアシートに安打を示す赤い線をこっそり引いた。

 炎天下での延長13回は激闘、死闘であったはずだが、試合終了後は両校とも笑っていた。サヨナラのヒーロー太賀の「埼玉初のタイブレークって、なんか、うれしかったです。めったにできないことだし」という新鮮な感想は他の選手たちからも聞かれた。きっと、彼らには一生忘れられない試合になるだろう。【金子真仁】