星城が大金星をつかんだ。センバツ優勝の東邦に3点先制されたが、鮮やかな逆転勝ち。甲子園優勝投手の石川昂弥投手(3年)から9点を奪い、計10得点の8回コールドで押し切った。

8回3失点完投の石黒佑弥投手(3年)は最速146キロを誇る県内では評判の右腕。石川目当てで球場を訪れていたスカウトは、その投球にも注目していた。

「緊張しました。東邦はどの打者も怖くて、どこに投げても打たれる気がした。でも、どんな打者にも苦手な球種やコースがある。そこをついていけたと思う。3点取られた時点で切り替えられた。ギアが入り、そこからうまくいきました」。石黒は会心の笑顔を見せた。

3回に0-3と先制された。場内に「やっぱり東邦か」のムードが充満する中、逆に星城打線は活発になった。火を付けたのは4番の一撃だ。直後の3回の攻撃。河田隆博外野手(3年)が左越えに2ランを打ち込み1点差とした。

続く4回も止まらない。先頭の稲吉興太捕手(3年)が左中間最深部に同点ソロをたたき込んだ。1死満塁から坂井田悠真内野手(2年)の犠飛で勝ち越し。敵失をはさみ木村仁内野手(2年)の2点左前打で計4点。打者1巡で6安打を全国V腕に浴びせた。

7回には石黒が自らダメ押しの3ランを放り込み、この回で石川をKOした。どれも文句なしの当たりの3本塁打を含む13安打9得点と大爆発だ。

豊田西で23年間監督をしていた就任5年目の平林宏監督(62)によると、東邦戦の前に打線が縮こまっていたという。「ちびって、みんなトップが浅くなっていた。『情けない。バットで操作するのはやめよう。遠慮なくトップを深く取ろう』と言いました」

大きな弧を描くスイングが、ことごとく石川の球筋とシンクロした。石川の先発は予想していなかった。対策もしていなかったが「苦しくなったら出てくると思っていた」と想定はしていた。

8回は1死から三塁石川の失策、死球、死球で満塁とし、最後は三ゴロの間に「サヨナラ」の1点。コールド試合に持ち込んだ。守っても好守を連発し、エースを盛り立てた。

石黒は「これでチームは波に乗れる。でも調子には乗らず、1つ1つ全力で立ち向かっていきたい」と頂点を見据えた。

平林監督は豊田西で98年センバツ出場の経験があるが、夏は4度も愛知大会の決勝で涙をのんでいる。その最初が平成元年の東邦戦。センバツ優勝帰りの東邦に、決勝で夢を絶たれた。「令和最初の夏に、またセンバツ優勝の東邦さんとやれた。いい意味で因縁だったのかな」。時代をまたぐリベンジに成功し、穏やかに笑った。