名物カレーを守れ。8月に夏季北海道高校野球南北海道大会が行われる札幌円山球場で、半世紀以上にわたって営業する「円山球場食堂」。新型コロナウイルスの影響で食堂を運営していた滝本食品が6月末に撤退。閉店の危機に同社の常務取締役だった井上薫さん(62)が新会社を設立し営業を継続。野球関係者、ファンに人気のカレーライスなどの「伝統の味」を守るために奮闘している。

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鳴り響くサイレン、飛び交う球音、漂う香り。道産子球児の“聖地”の日常を守るため、井上さんは立ち上がった。「自信はなかったんだけど。もうちょっとやってみようって。せっかくの伝統だから」。円山球場食堂で店長を務めて15年余り。失われる可能性があった食堂は今も営業中で変わらぬ味を提供している。

食堂は64年から営業が始まり、多くの球児や野球関係者、ファンの胃袋を満たした。中でも名物「円山カレー」は全注文の「3割くらい。そばと並んでトップ」(井上さん)。レトルト商品としても販売された。2年前に調理責任者が引退し、昨年はレシピも変えたが「昨夏の大会でもカレーは1日500食売れた」。カレーを食べに来るために野球観戦する常連客もいるほどの人気ぶりは健在だ。

そんな原風景とも言える食堂は危機を迎えていた。同店や札幌市役所地下食堂を運営していた滝本食品がコロナ禍で全事業からの撤退を決断。円山球場食堂も「6月の始めはやめようと思っていた」。元々は倉庫だった場所を一から築いた食堂。井上さんは備品の撤去作業をするにつれて「もったいないな」と感じた。同社の滝本隆社長からの機材提供や長く働く従業員の声にも後押しされて、62歳で新会社を設立して食堂を継続する道を選んだ。

“新円山球場食堂”は内装はそのままに、夏季北海道高校野球札幌地区大会に合わせ再開。無観客開催もあり「(売り上げは)何十分の1ですね。今年が正念場で来年に向けてどれぐらいの赤字で済むか」と状況は厳しい。それでも井上さんは言う。「大もうけはできないけど、(新会社名の)『アルム』は昼食の意味。おいしい昼食を出せる店にしていきたい」。井上さんと6人のスタッフが、球児にも負けない熱意で伝統を守る。【浅水友輝】