7日に第92回全国高校野球選手権大会(甲子園球場)が開幕する。初出場の山形中央(山形)は5日、尼崎記念公園野球場で練習を行った。そこは1番細矢凜遊撃手(3年)にとって特別な場所。父光博さん(46)も日大山形で82年のセンバツに出場した際、練習した球場だった。

 28年前の春に思いをはせながら練習に励む。オヤジも甲子園前に汗を流した場所-。細矢は遊撃手で父光博さんは二塁手だった。ほぼ同じ場所でノックを受けたことになる。誰もがほほ笑む「時を超えた親子の共演」。だが、このドラマに警鐘を鳴らす人物がいた。

 それこそが父光博さんだった。日大山形の選手として82年のセンバツ切符を手にした。関西入り後、細矢と同じように、大阪、兵庫の球場を転々とし、本番に向け最終調整に取り組んだ。ある日のノック。中前へ抜けそうな当たりを華麗に捕球した。一塁へ送球しようと、二塁側へ流れる体を右足でブレーキをかけた。その瞬間、右足首をひねった。骨折だった。その球場が尼崎記念公園野球場だった。

 1日、夏の甲子園初出場を決めたナインを見送りに光博さんも山形空港に駆けつけた。三関直人部長(30)を見つけ「尼崎記念には気をつけろ」と助言。だが大阪入り後、練習日程が発表されると、その球場の名前があった。この日の練習前、その事実を細矢に伝え注意を促した。

 今春センバツ前にも左足首をねんざするなど、細矢は周囲をヒヤリとさせた。それでもこの日、恐れることなく全力でプレーし「ケガしないで良かったです」。父は選手としては聖地に立てなかったが、三塁コーチとして甲子園1勝を果たした。出発前「1勝しないとオレは超えられないぞ」と激励を受けた。“鬼門”を突破した息子は思う。オヤジ、目標は1勝じゃない、日本一さ。【三須一紀】