2014年、メジャーリーグが大きな変革を遂げようとしている。昨季まで本塁打の判定に限定されていたビデオ判定が、今季からストライク、ボールの判定以外ほぼすべてのプレーに適用されることになった。監督が審判にビデオ判定を求める「チャレンジ」と呼ばれる新制度が導入されて約2カ月。試合に関わる監督、選手たちはどのように受け止めているのか-。現場の声を聞いてみた。

 チャレンジ制度導入の背景には「誤審を減らそう」という基本理念がある。10年に起きたガララーガ(当時タイガース)の幻の完全試合【注1】を筆頭に、1つの誤審が勝敗はおろか歴史をも変えた例は多い。そこで正しい判定を増やすために、最新テクノロジーの手を借りることになった。

 導入から1カ月間のビデオ判定の利用状況は別表の通りだ。主なプレーは塁上でのアウト、セーフ判定、打球のフェア、ファウル判定など。監督がチャレンジ権を行使した場合、ニューヨークにあるビデオセンターに控える審判が、さまざまな角度からの映像を検証し、球場で下された判定の正否を決定する。

 現場の監督や選手は「基本理念には賛成」と声をそろえる。だが、制度そのものに対しては賛否両論ある。賛成派の代表はマリナーズ・カノ二塁手だ。併殺プレーへの参加が多いポジションだけに、試合後にハイライト映像を見て「セーフ判定が実はアウトだったという経験はたびたび」とこぼす。チャレンジ制度導入により「悔しい思いをしなくてすむ」とうなずいた。

 レイズのエース左腕プライスも賛成派の1人だ。「ワイルドカードが1枠増えた【注2】ことでプレーオフ進出争いが激化している。1勝が大きな差を生む」と現状を指摘。その上で「勝敗を決めるカギとなるプレーは正しく判定されるべき。それをサポートするシステムは必要だ」と歓迎した。

 慎重派の声も聞いてみよう。「自分は古い人間だから」と笑うのは、タイガースの18年目、ハンター外野手だ。野球の面白さは「人間的要素が加わること」と言い、「際どいプレーを審判が人間の目で判断することも含めて野球だと思う」と持論を展開した。同じくロッキーズのモーノー一塁手は「実際にプレーが起きた球場内ではなくて、遠く離れたニューヨークで、最終決定が下されることに違和感がある」と、選手ならではの感覚を明かした。

 新制度を根付かせるには、実用に即した微調整も必要だ。MLBが、まず着手しなければならないのが所要時間の短縮だろう。賛成派、慎重派ともに「時間がかかりすぎる」と指摘する。タイガースの守護神ネーサンは「2分の中断は試合の流れを変えかねない。逆に、流れを変えるために、わざわざ利用するケースが生まれる可能性もある」と危惧する。今後、監督がベンチを出た時から、念のためニューヨークでも当該プレーの映像確認を始めるなど、時間短縮に向けた何らかの取り組みはできそうだ。

 テクノロジーを導入して人間的要素を排除することで、野球は確実に変化していくだろう。現場とファンの声を意識しながら、今後MLBがどこまで柔軟に「改善」に取り組んでいくのか、注目していきたい。【取材、構成=佐藤直子通信員】

 【注1】◆ガララーガ幻の完全試合

 10年6月2日、タイガースの右腕ガララーガがインディアンス戦に先発。完全試合まであと1アウトという9回2死、イ軍ドナルドを一、二塁間への緩いゴロに打ち取り、自ら一塁ベースカバーに入った。ウイニングボールをつかんだはずが、ジョイス一塁塁審はセーフの判定。同投手がベースを踏んだとき、ドナルドは一塁の50センチ手前だった。同塁審は試合後にビデオを確認して誤審を認め、翌日ガララーガと涙ながらに握手して和解。

 【注2】◆ワイルドカード

 地区優勝球団を除く、勝率上位がプレーオフに進む制度。大リーグでは95年に導入された。11年まで同枠は両リーグとも1チームだけだったが、12年シーズンから2チームに拡大された。両軍が1試合制によるワイルドカードゲームを戦い、勝者が地区シリーズ(5回戦制)に進出できる。

 ◆チャレンジ制度と権利行使の流れ

 監督はビデオ審議を求める「チャレンジ」の権利を持ち、判定が覆った場合は2度目の要求が可能。3度目以上は求められないが、7回以降は責任審判が必要に応じて利用可能。行使するか否かについては、監督がベンチを出て審判と話している間にベンチ裏にあるビデオルームで球団スタッフが確認。その上で権利行使を告げるため、行使から最終決定までを表示した別表の所要時間より、実際は時間がかかっている。<今季「チャレンジ」の主な事例>

 ▼初行使

 3月31日、初めて権利を使ったのはカブスのレンテリア監督。パイレーツ戦でバントしたサマージャが一塁でアウトと判定されたが覆らなかった。

 ▼ロイヤルズ青木

 4月2日、ロイヤルズ青木が勝ち越し機で迎えた延長10回に、投ゴロを放って一塁セーフ。審議でアウトに覆り、幻の今季初安打に。

 ▼レンジャーズ・ダルビッシュ

 4月28日のアスレチックス戦のダルビッシュ登板で、3回1死満塁、カヤスポの場面では5球目の捕逸で一塁走者が飛び出したが、捕手から一塁への送球の間にセーフと判定。このプレーにビデオ判定が行われ、アウトに変更された。また5月4日のエンゼルス戦では、2回1死一、二塁でアイバーの三塁方向へ転がった打球をつかんで三塁へトス。判定はセーフだったが、レ軍ワシントン監督はすぐにビデオ判定を要求。判定は覆ってアウトに。

 ▼ヤンキース・イチロー

 4月4日、イチローが第2打席で二遊間へのゴロに一塁へ全力疾走。アウト判定を不服としたヤ軍ジラルディ監督が行使し、セーフとなり内野安打を記録。また同選手は同6日ブルージェイズ戦では6回表1死から二盗。セーフの裁定に、ブ軍ギボンズ監督がチャレンジしたが、判定は覆らなかった。