運命のドラフト会議が10月26日に行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の名場面を「ドラフト回顧録」と題し、当時のドラフト翌日付の紙面から振り返る。

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<89年11月27日付、日刊スポーツ紙面掲載>

89年プロ野球新人選手選択会議(ドラフト会議)は26日、東京・赤坂プリンスホテルで行われ、超高校級スラッガー、上宮・元木大介内野手(17)の交渉権は田淵監督のダイエーが獲得。同球団1位指名の新日鉄堺・野茂英雄投手(21)にドラフト史上最多の8球団が競合。外れ1位で田淵監督は「巨人逆指名」の元木を敢然と指名した。68年ドラフトで巨人に振られた田淵監督が自ら出馬、あす28日も1億円交渉に乗り出す。なお、近鉄は野茂、巨人は慶大・大森剛内野手(22)を単独指名し、交渉権を得た。

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田淵監督は足早に記者会見場に入って来た。両手を大きく広げて自ら口を開いた。「胸ドキドキ、ワクワク、最高ですよ。何か正月が早く来たようだ」と笑いっ放しだ。

入札した野茂は予想通り8球団が競合して、惜しくも外れた。けれど、逃した魚の代わりに手に入れたのは、ホークスの歴史を変える可能性を秘めた“大物”だった。田淵監督が元木大介を指名したのだ。

野茂を外したウエーバーの5番目。1つ前の阪神が一番怖かった。会場では深刻な顔をしたが、阪神が甲子園の申し子を回避した瞬間、田淵監督の表情は緩んだ。「前の球団には“絶対に指名しないでくれ”と祈り続けてましたから」。

もちろん予定していた野茂を外し、それに代わる元木の交渉権を得たことは、まさしくラッキーという表現がピッタリ。元木が、以前から巨人を逆指名していたのは承知の上だ。だが「野球を愛しているなら自分の力を試してもらいたい」と早速口説き文句。1968年、当時法大のスラッガーだった田淵監督は、元木同様、巨人を逆指名していたが、19日間も悩み抜き、結局は「野球が好きだから」阪神入りしたいきさつがある。同じ境遇を体験したものとして、自ら口説き落とすつもりだ。

「彼はプロ野球を背負って立つ選手。観客動員でセとの差を縮めるためにも来てほしい」。それに、4兆円企業を後ろ盾にする田淵監督は、元木獲得へ「(内野手として)契約金は巨人の原君以上出す価値がある。1億円出します」と史上最高の契約金を約束した。坂井代表も「金銭はネックにならない。監督のカラーにも合っているし、1軍で大きく育てたい」と人気選手の具体的な指導法を語った。

「意中の球団でなかったのはショックだろう。即答は酷だけど、話せばわかってくれると信じてる」。スター監督は「田淵2世」として“華”のある元木に、ラブコールを送り続けた。

★元木、笑顔から一転 ダイエーと「会うことは会う」

うつろな目が空をよぎった。テレビを見ていた元木の顔が一瞬、白亜の色になり、みるみる目元が赤く染まった。「読売、大森剛」-信じられない響きが耳に突き刺さる。「残念としか言えない。信じていたのに」。大阪・南河内郡太子町の上宮学舎集会所に詰め掛けた100人近い報道陣の前で、元木はそう声を振り絞るのがやっとだった。

パの最下位ロッテから6球団が続けて野茂を指名する間、うつむいて運命の時を待った。その顔が上を向いたのは、巨人との競合が予想されていた中日が、与田を単独指名してきた時だ。抑えきれない喜びが顔中に広がる。最後から2番目の近鉄が野茂の指名を告げた時、その笑顔は確信に変わった。だが、あんなにもあこがれた巨人が挙げた名は、自分ではなく慶大のスラッガーだった。

「指名されなくて残念です」と言うのがやっと。こんな思いは春にも味わった。センバツ、愛知・東邦との決勝戦。九分九厘手中にしていた紫紺の大旗を、9回裏2死からエラーで逃してしまった。元木にとってこの日の涙はあの時と同じ悔しさがあふれ出たものだった。

10月2日に巨人一本を表明したが、慕う相手からは「指名した場合はよろしく」とのあいさつだけだった。それでもひたすら巨人を信じてこの日を待ったのだ。元木の目から涙がこぼれそうになった時、「別室へ行かせてやって下さい」と山上監督が元木を下がらせた。「元木があまりにかわいそうです。ドラフト制度だから仕方ないが、最後の最後で指名がなかったのは、とても残念です」。テレビ、カメラの前にブ然と座る教え子の姿が、山上監督には耐えられなかった。

ダイエーから指名を受けた後、改めて元木は姿を見せた。合宿所でテレビを見ていたという。ダイエーの印象を聞かれても、「お会いすることはお会いします。でも、それからのことに。今はとても考えられません」と元木。巨人に行けない場合は、日本石油入りか米国留学と進路を表明していたが、山上監督は「米留学はそれほど具体的に進んでいない。仮に本人が(ダイエーは)嫌だと言えば、日本石油と話を進めます」。息子とともに上宮学舎を訪れていた父・稔さん(51)も、「本人の気持ち次第です」と語った。

進路決定の家族会議を開くため午後6時、元木は両親とグラウンドを後にした。「それでも、巨人が好きです」という言葉を残して。

★今日杉浦氏ら訪問

ダイエー側ではきょう27日、杉浦取締役(前監督)、堀井スカウトが上宮・山上監督、元木を訪問する。元木からこの日夜、電話を受けた同監督によると、「あす(27日)は学校を休ませて下さいと言ってきた」と、ドラフトショックは隠せないようだ。きょうの話し合い次第で田淵監督が出馬する。

★5年以内にスターになれる!

<二人の相性は>

元木(大熊座火王星)田淵(大犬座月王星)

プロの世界を教えてもらうには、最高の師に巡り合ったといえます。元木君は来年から3年間は変化年。学生野球からプロの世界への脱皮変身にはベストの時期です。焦らずじっくりプロの水になじめば、平成3年の夏から見事な成長ぶりを示すでしょう。

また、今年の春のセンバツが元木君の運勢のピークで、そこで青年時代のスター生活は終わりました。夏からは大人のプロの世界への脱皮が始まっているのです。初心に帰りスタートすると、5年以内に新しいプロのスター誕生となるでしょう。父子相性の監督と縁を持ったことは、幸運の星の下に生まれた証明です。<0学占星術 山本令菜>

★元木指名にあっぱれの声

○…田淵ダイエーの元木1位指名に、他球団もあっぱれといった反応を示した。会場内にパ・リーグ伊東広報部長の「福岡ダイエー、元木……」のアナウンスが流れた瞬間、斜め前のテーブルに座っていた日本ハム大沢取締役が振り向き、田淵監督の顔を見て「ホーッ、よく指名したな」とニッコリ。

○…一方、ダイエーのテーブルを後ろから眺めていた巨人藤田監督、伊藤菊スカウト部長らは一様に厳しい表情を見せた。さらに1位指名が終わって休憩に入ると、ヤクルト野村監督が田淵監督に歩み寄り、「頑張れや」という意味の言葉をかけた。

○…野茂、潮崎はじめ元木と、有望選手の交渉権をすべてパ・リーグ球団が獲得した。「パ・リーグが一段と盛り上がるよ」と、近鉄仰木監督とダイエー坂井代表が握手するシーンも見られた。

◆元木の甲子園通算

春2回、夏1回で49打数19安打の3割8分8厘、6ホーマー、14打点。

 

※記録と表記などは当時のもの