監督としての印象が強い野村克也氏だが「強打の捕手」の元祖として球史に力強い足跡を残した。日刊スポーツ評論家の和田一浩氏(47)が「解体新書」で技術を分析する。

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本塁打数も安打数も、日本球界でNO・2。事実上、球界NO・1の実績を持った打者だと言っていいのではないでしょうか。現代と昔では打撃理論も大きく違います。しかし、これまで紹介させていただいた“レジェンドバッター”は、皆さん現代野球でも十分に通用する技術を持っています。私が野村さんの打撃を語るのはおこがましいのですが、素晴らしい技術を解説させていただきます。

グリップを体の近くに置いて構える<1>から、<2>では捕手側に引いています。このとき、左足は投手側に踏み出していて、きれいな“割り”を作っています。言葉で説明すると簡単ですが、上半身と下半身が逆の動きをする“割り”は、なかなかうまく作れません。飛ばそうとする気持ちが強すぎると、グリップは背中側に入るし、左足を踏み込んだときに一緒にグリップが前に出てしまいます。左腕の張りを見ても、野村さんの“割り”は、完璧です。

トップを作った後、<3>から<4>で打ちにいっています。連続写真は、スライダーかカーブのような変化球だったのでしょう。少しタイミングを外されていますが、<3>でも<4>でも左の股関節にユニホームのシワができています。変化球に対し、しっかり下半身が粘れている証拠です。上半身の使い方も、<3>から<4>で左脇を絞らずに緩めるように使うことで、バットを内側から出せる体勢を作っています。

目を見張るのは<5>の形です。タイミングがドンピシャで合っている打撃としては今ひとつのように見えますが、変化球で崩されてからの打撃なら申し分なし。一番、すごいのは右肘が体の前に入っている点です。

もう1度、<4>の写真を見てください。このとき、タイミングをズラされて上半身が泳いでいる分、右肘は体から離れています。並の打者なら<5>では右肘を体の前に持ってくることができず、右脇の横に付いてしまいます。右脇の横に収まると、バットのヘッドは外回りしてゴロになりやすいのですが、右肘を体の前にもってくることで、ヘッドが捕手側に残り、我慢できているのが分かるでしょう。

インパクトした<6>でも、打球が上がっています。これだけ泳がされてもリストターンせずにバットを内側から出せるから、打球を上げられます。ホームラン打者の特徴と言っていいでしょう。野村さんはご自身の打撃について「投手のクセ」や「ヤマ張り」で打っていたとおっしゃっていました。しかし、狙っていない変化球に対し、これだけの打撃ができるなら、狙い球でなくても打てます。そうでなければ、このような成績は残せなかったと思います。現役時代、同じフィールドで野村さんのバッティングを見たかったと、つくづく思いました。ご冥福をお祈りします。