熱いシーズンはまだ見られないけど、ドラマチックな場面を今年も見たい。そこで、これまで球史に残るワンシーンを生み出してきた「代打の切り札」を深掘り。雌雄を決する一打を放つ極意にまで迫った。

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代打の起用が増えたのは06年からだが、結果を残すまで2、3年はかかった。レギュラーの時と違い、急に試合に飛び込むような感覚で、試合のリズムがつかめない。打席に入る前に「これが3打席目だ」と自分に暗示をかけたこともあったが、うまくいかない。どうしたらいいのか悩んだ時に、代打でも活躍された先輩の八木裕さんの練習法を思い出した。

フリー打撃で打席から1歩、2歩前に出て、バントもせずに初球から打っていた。「あれでよくタイミングが取れて打てるな」「打撃フォームが崩れるし、そんな方法では打てない」と思って見ていた。先発で出ていた頃はあくまで試合に向けての調整。代打で苦しんでいた時にその練習法をやってみた。初球をとらえられずファウルになる。代打では甘いボールをしとめられなければ、それで終わりだ。同じボールは2度と来ない。1球目から集中力を高めないと打てない、と気付いた。そこから打撃練習が調整でなくなり、勝負になった。最初から自分を追い込む。役割に応じて、準備や練習は変わる。それを学んだ。

得点圏の場面で代打にいけば、自分のフォームで打たせてもらえない。どんな投手でも1球目から対応しないといけない。バットを短く持とうが、寝かせようが、合う打ち方をしないといけない。フリー打撃の練習法も「打撃フォームが崩れる」と思っていたが、逆に無駄がなくなり、形は良くなった。追い求めていた試合のリズムも、ないものを求めても仕方がないと発想を転換することで悩みから解放された。

試合中の準備も工夫が必要だった。特に重視したのはティー打撃だ。ボールを打った時の重み、感触を体に残したかった。素振りだけで仕上げるのとは全然違う。環境の恵まれないビジターゲームでは、リリーフが準備する前にブルペンで打ったこともある。ナイター照明に目を慣らすためにベンチの前に座ったり、動体視力を意識して、ペットボトルのラベルとスタンドの看板の文字を交互に見比べたりもした。試合を見ながら目が疲れると、トレーナー室にある氷をつかんで目に当てて、冷やした。これで集中力が出ると。

試合の流れから自分の登場機会を読み、狙い球を完全に絞って結果を出す。それが理想だが、通算757度の代打で、すべて思い通りにいったのは、たった3度だけだった。代打というのは、一発勝負。思い通りにいかない状況で、勝つために何をするか。自分の打撃スタイルや性格、相手からどう思われているか、突き詰めて考えることが大事だ。(日刊スポーツ評論家)