漫画だと侮ってはいけない。大流行の「鬼滅の刃」は魅力的なキャラクターがそろう。なかでも我妻善逸がひときわ、興味深い。弱虫で泣き言ばかり並べ立てる。そのくせ、口数だけはやたら多い。いわゆるヘタレである。だが、ひとたび窮地に陥れば、無の境地で伝家の宝刀を繰り出す。

修業の身だったころ、6つある型のうち、1つしかできずコンプレックスを抱いていた。師は諭す。「お前はそれでいい 一つできれば万々歳だ 一つのことしかできないならそれを極め抜け 極限の極限まで磨け」。そして「刀の打ち方を知ってるか」と問いかける。ひたすら叩き上げて不純物や余分なものを飛ばすという。「鋼の純度を高め 強靱な刀を造るんだ」。

師は刀を生き方になぞらえた。「善逸 極めろ 泣いていい 逃げてもいい ただ諦めるな」。鬼を斬る必殺技に昇華させるまでの原点である。器用でないことを受け入れ、個性を磨き抜け-。師が言う「鍛練に耐えた日々を」今季過ごした1人が、1年目を終えた阪神井上広大だろう。昨夏の甲子園で頂点に導いた高校通算49本塁打のスラッガーにとって、貴重な毎日になった。

1軍でプロ初安打も放ったが、シーズンの大半を2軍でプレーした。69試合出場はすべて先発4番。打率2割2分6厘、9本塁打。目を引くのが96三振だ。2軍両リーグで突出して最多の三振数。あらゆる結果で、打者にとって言い訳の余地がないのが三振だ。完全なる敗北。誰よりも生傷が絶えない日々を過ごした。

その一方で、開幕前から冷静に自ら思い定めていた。「1年目だから挑戦というか、自分のスイングをまず1年目はちゃんとしておかないと、2年目、3年目でできなくなる。自分は振ると決めています。とにかく1年目は三振でも、バットの先に当たるのでもいいから、とにかく『振る』という意識づけをつけた上で考えたり、いろんな打ち方があると思うんです」。体に巻きつくようなスイング、白球がバットに吸い付くようなインパクトは魅力的だ。試行錯誤の96三振は、いわば不純物や余分なものをそぎ落とす作業だろう。

井上は遠くに飛ばせる天賦の才がある。わずかな者しか持ち得ない、強烈な個性といえる。さて、我妻善逸である。漫画家の吾峠呼世晴さんは師にこう言わせた。「極限まで叩き上げ 誰よりも強靱な刃になれ」。余談だが「刀」の刃部に光があることを示す象形の字が「刃」だと知った(『字通』白川静、平凡社)。なるほど、時間をかけて磨き上げたとき「、」として輝く。白球を一閃(いっせん)する、刀剣のような、鋭さがある。井上のバットが光を発する日を待とう。