巨人が昨季の4連敗から雪辱を期す日本シリーズ。下馬評はソフトバンク有利の中、8年ぶりの日本一を目指す戦いが開幕した。原辰徳監督(62)の思考や、チームの話題にフォーカスする巨人担当による日替わり連載「G-Zoom」をお届けします。

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10月初旬。東京・町田。線路沿いに面す、薄暗いマンションの地下の一室。「雀鬼流漢道麻雀道場 牌の音」はある。電車の通過音、牌のぶつかる音が交差し、雀荘内に独特の緊張感が漂う。しばらくして、入り口の扉が開いた。身長は180センチを優に超える。白髪の男性が姿を現すと、音は止まった。

午後7時。鬼の取材が始まった。

マージャン界で20年間無敗。桜井章一。人は「雀鬼」と恐れる。球界とは異業種の勝負師に、巨人の優勝原稿で取材をお願いしていた。話は尽きない。聞いている方も時を忘れる。気付けば、午後10時近く。予定は1時間だったが、3時間が経過していた。紫煙をくゆらす77歳。一段落すると言った。

「相撲取ってみな」

戸惑う私をよそに、他の道場生が雀卓を隅に移動させる。中央にできたスペース。流れに身を任せるように、取り組みは始まった。

184センチ、88キロ。私の前に、175センチほどだろうか。細身の道場生が対峙(たいじ)した。余裕の表情の刹那「のこった」の声とともに一瞬だった。「押し出し」。何度挑もうと、結果は変わらない。力任せに男性を投げようとも、ピクリとも動かない。次の相手はさらに小柄だった。身長約170センチの男性でも、取組内容は同じだった。

雀鬼は「体捌(さば)き」と言った。

「やっぱりマージャン打つとその人の気持ちが出ちゃう。ずるさも、弱さも。力いっぱい入れたり、牌をキュって持ったりするのはバカみたいなもんなんだよ」

欲、焦り…。人の心が牌に表れる。

夏ごろ。巨人岡本は、鬼の言う「体捌き」に悩んでいた。

岡本 ボールを追いかけちゃっている。打ち気になり過ぎて。

打ちたいという欲求が、自然と力みを生んでいた。そこで気付いたからこそ。自身初のタイトルである本塁打、打点の2冠は現実となった。

白球、パンチ…。「打つ」には力があればいいと思っていた。違う。相撲の取組を通じて、次の世界の存在に気付いた。雀鬼は言った。

雀鬼 テクニックとか気持ちとか、それがかえって邪魔しちゃう。これが感覚の世界。牌捌きってのもある。野球もバットコントロールとかあるのかもしれないけど、バットを捌くようにならないといけないよね。手とバットが一体になればいいよね。

常人には理解できない世界がある。一流の勝負師には、分かるものがある。気付けば、時計の針は午後11時半を指していた。【栗田尚樹】