カープ選手に猛タックル!? 桐蔭学園ラグビー部OBで、立命大と社会人ではアメフト選手だった広島担当の古財稜明記者(30)が、カープ選手と「筋肉」について語り合う「マッスルトーーク!」を随時お届けします。第1回は筋肉に関する知識量がチーム内でトップの呼び声が高い中田廉投手(30)にアタックし、筋肉への熱いこだわりを聞きました。

   ◇   ◇   ◇

古財 うわさで聞きましたがプロテインの知識量がハンパないらしいですね。

中田 基本的にタンパク質の量を落とさないように、1日の目安で240~260グラムのタンパク質をとることを心掛けてます。休みの日でも一緒で、2年前くらいから続けています。

古財 私は現役時代に体内への吸収が早いホエイプロテインを飲んでました。

中田 僕もホエイプロテインが一番好きです。植物性のソイプロテインよりかは動物的なものにこだわっています。

古財 摂取のタイミングはかなり重要ですよね。

中田 運動前と運動後、間食、寝る前の計4回です。あとはサプリメントのアミノ酸、BCAA、EAAを、プロテインを摂取して1時間半後くらいに、1日3回くらいとります。

古財 私も筋トレ後30分以内に、プロテインを摂取するようにしていました。

中田 基本的に「後」の30分以内がゴールデンタイム(GT)と言われてますけど、僕は「前」を大事にしています。「筋トレ=筋肉を破壊する作業」なので、「後」の摂取でも修復はできますが、一番大事なのは筋トレの最中に体内のアミノ酸の濃度を最大にしておくこと。そうすれば筋破壊が起きにくい。体内のアミノ酸の濃度が最大になるのが70分~80分後と言われているみたいです。僕は筋トレの70分前のGTを逃さないようにしています。

古財 すごい…。それは初耳です! もったいないことをしていたかも…。

中田 ダルビッシュさん、大谷翔平くんのパーソナルトレーナーをしている山本義徳さんに、栄養指導とか、いろんな情報を教えていただいています。

古財 食事管理も徹底してそう…。

中田 食事は基本的に高タンパク低脂質の「ローファット」の料理をしっかり食べます。脂質の量も計算して、1日45グラム以上にならないように。炭水化物はめちゃくちゃとります。

古財 プロテインと炭水化物を同時にとらないと効果が弱まるみたいですね。

中田 基本的には一緒に、筋トレ前と後に集中してとります。午前中に筋トレをした場合は、昼ご飯でうどんやそばとか炭水化物でも極力脂質が低いものを選んで、午後の場合は筋トレ後に和菓子を食べます。和菓子は脂質が低くて、炭水化物が多い。筋トレ後3時間以内は炭水化物の何をとっても脂肪に変わらないみたいで、団子5本とか食べます。エネルギーになるので、炭水化物をとらないことは僕にはあり得ません。

古財 筋トレはどれくらいの頻度でやりますか? 私は学生時代に2~3時間を週4回やってました。

中田 上下上下の順で週4回です。1回60分以内。長時間はやらないようにしています。

古財 サボリ癖があった私も1時間が限界でした。筋肉にこだわり始めてから体質の変化を感じる部分はありますか?

中田 疲れにくくなりました。3、4年前とかは投げたら結構筋肉痛がありましたけど、最近は連投したりしても、そこまで筋肉の張りとか疲労感もなかなか出なくなりましたね。

古財 体脂肪は?

中田 大体14~16%くらいです。知識がなかった当時は増量したら体は大きくなるんですけど、減量時に体重は落ちて、体脂肪が落ちずに筋肉量だけ落ちてしまった。最近は知識も増えて、改善できています。

古財 今季はマッスルパワーさく裂に期待です!

中田 今年は自分の力で60試合を投げたい。セットアッパーとか良いところで投げられるように、体作りをしっかりやって、圧倒的な中継ぎになりたいです。

▽ホエイプロテイン 牛乳が原料。ミネラルや水溶性ビタミンが含まれる。

▽ソイプロテイン 大豆が原料。植物性タンパク質。

▽アミノ酸 タンパク質を形成している20種類の成分の総称。

▽BCAA アミノ酸の一種のバリン、ロイシン、イソロイシンの3種類から構成される分岐鎖アミノ酸。

▽EAA 体内で生産できないアミノ酸。バリン、ロイシン、イソロイシン、リシン、トレオニン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンの9種類を配合したサプリメント。

◆中田廉(なかた・れん)1990年(平2)7月21日生まれ、大阪府出身。広陵から08年ドラフト2位で広島に入団。17年にはセットアッパーとして53試合に登板し、リーグ連覇に貢献。昨季は32試合に登板。プロ12年間で通算244試合に登板し、15勝16敗、45ホールド、防御率4・41。189センチ、95キロ。右投げ右打ち。

◆古財稜明(こざい・りょうめい)1990年(平2)5月3日、北海道生まれの東京育ち。14年に入社後、営業部署を経て、阪神、オリックス、広島担当を歴任。桐蔭学園では2学年下のクレルモン(フランス)松島幸太朗の活躍にも助けられ、花園に出場。大会通算2トライ。立命大ではアメフト部に入部。社会人では仕事のかたわらアメフトXリーグのアサヒ飲料に在籍し、17年に引退。184センチ、116キロ。右投げ右打ち。