「横浜左腕魂」はブレない。開幕から先発ローテを守り続けた阪神ドラフト2位伊藤将司投手(25)が今夏、ロッテなどで活躍したBCリーグ栃木の成瀬善久選手兼投手コーチ(35)と初コラボした。2人はともに横浜高校出身で、独特なフォームの共通点にも注目が集まっている。その投球スタイルのルーツ、球速への本音、そして未来への思い…。先輩後輩の考えは見事なまでに一致していた。【取材・構成=佐井陽介】

   ◇   ◇   ◇

同じ横浜高校出身といっても、成瀬と伊藤将には11学年の差がある。面識はない。それでも左腕としてフォーム、投球スタイルが似通るのだから、名門校の歴史は侮れない。

伊藤将 高校時代、渡辺監督からもよく成瀬さんの話は聞いていました。体の後ろで手を隠す。先輩たちから続くスタイルは伝統となっています。

先輩が小さなテークバックでボールの出どころを隠す「招き猫投法」に着手したのは横浜高校2年時だった。1学年下の涌井秀章(現楽天)が本格派だったこともあり、当時の渡辺元智監督から「スピードでは勝てないから工夫しなさい」とフォーム改良を勧められたのだという。

成瀬 高校1年時に139キロ出ていたんですけど、コンスタントに出せたのは133、134キロぐらい。あのフォームに変えたかったわけじゃなくて、そうせざるを得なかったんです。

当時は両手を羽ばたかせるように大きく使い、スピードで勝負していた。大幅なフォーム修正に入ると、右足を踏み出す位置の右側には必ずと言っていいほど名伯楽が立っていた。

成瀬 俺に手をぶつけるなよと言われて。体が横回転したらぶつかる。だから縦回転にしないといけない。最初は窮屈で結構しんどかったけど、あれでコントロールが良くなりました。

この成瀬の成功が、後に伊藤将のフォーム改良にもつながっていく。

後輩は高校入学直後にはもう、渡辺監督から「成瀬型」への変更を命じられていた。

伊藤将 自分もそれまでは体を大きく使うタイプだったんですけど、テークバックの時に腕の使い方などを高校で教わりました。

こちらの相棒は防球用ネット。背中側に1枚。腕を引く二塁方向に1枚。体の縦回転と小さなテークバックを全身に染み付かせて今のフォームがある。

35歳になった成瀬は現在、BCリーグ栃木で選手兼投手コーチとして若手育成にも励む毎日。あらためて伊藤将のフォームを動画などで確認した今夏、自身との共通点にうなずいた。

成瀬 大前提として、スピードは僕より速いですけど…。右手の位置とかもそうですね。僕も最初はあそこまで腕の位置が高くなかった。年々、上がっていったんです。スピードを出したいと思って、全身を使いたいという欲が出て、どんどんグラブの位置が上がっていったんです。

一方、伊藤将のグラブが国際武道大、JR東日本に進むにつれて上がっていった経緯も、先輩と同じ発想からだったという。

伊藤将 自分もこのままではちょっと球速が上がらないなと思って、右手の位置が上がっていきました。

そして、2人がたどり着いた結論も同じだった。

成瀬 スピード、出したかったですよ。でも基本、出しにいったら打たれていました。力んだ結果、フォームのどこかが見やすくなってしまうんです。

以前、ある打者と野球談議に花を咲かせてハッとさせられたのだという。

成瀬 その人が言うには、僕が140キロ以上出たらチャンスらしいんです。直球とスライダーの球速差が大きくなると球種を判断しやすい。逆に直球が135、136キロぐらいだと判断がつかなくて打ちづらい、と。やっぱり理想は基本は7割ぐらいの力で投げて、勝負どころで10割を出すイメージですね。

そんな先輩の言葉に、後輩も納得する。伊藤将も社会人野球に進んだころ、球速を追い求めるロマンに別れを告げたそうだ。

伊藤将 スピードを求めた結果、フォームがバラバラになってコントロールも一致しなくなって、これはダメだなと。球速は自然に出るようになれば、ぐらいの考え方になりました。

立場は違えど2人は今、球速にスポットライトが当たりがちな球界のトレンドに、懸命にあらがっている。

独立リーグの指導者でもある成瀬は、NPBを目指す若手によく「プロ野球を見てみなさい」と諭す。

成瀬 プロでは150キロ以上でも真ん中は平気で打たれる。多分、160キロも甘くなれば普通に打たれる。じゃあ、145キロをコースに投げ分けられないといけないんじゃないか。キレだったり唯一無二のコントロールを身につけることも考えた方がいいんじゃないか、という話ですね。

打てそうで打てないスタイルのおもしろさにも気づいてほしいのだという。

成瀬 人と同じことをしても勝てない。たとえば、投手全員がオリックスの山本由伸くんだったら、いくらすごい投手でも打者は慣れてしまう。他と違う選手は魅力なんです。なんでこの投手は打てないんだろう、速く感じるのだろうと思わせた時点で勝ち。打てそうで打てない。それが一番の快感なんです。

だからこそ、首位阪神で先発ローテを守る後輩への期待は大きい。

成瀬 球速重視の今こそ、ボールの出どころの見にくさだったり、キレやコントロールを磨いてほしい。現在の野球界はスピード重視で、そういう投手は希少なので。BCリーグでもスピードを出したい投手が多い中、コントロールや出し入れも大事だということを伝えていってほしいですね。

系譜を受け継ぐ後輩も力強く呼応する。

伊藤将 自分もそういう方向に進んでいきたいなと思っています。

名門校の伝統に恥じぬよう、後半戦も堂々と「横浜左腕魂」を貫く。

 

○…35歳の成瀬は「40歳現役」を目標とする。「若い選手をNPBにという思いが基本」と前置きした上で「40歳までやりたい。プロに入った時の1つの目標なので」。昨季はBCリーグ12試合登板で2勝0敗、防御率1・15。今季も好投を続け、6月には数年ぶりの球速140キロも出した。「スピードじゃないけど、この年齢でも頑張ればできるということを分かってほしい」。実技も含めながら若手指導を続けていく。

 

◆成瀬善久(なるせ・よしひさ)1985年(昭60)10月13日、栃木県小山市生まれ。横浜高で03年センバツ準V。同年ドラフト6巡目でロッテ入団。07年に最優秀防御率、最高勝率。08年北京五輪日本代表。14年オフ、ヤクルトにFA移籍。19年2月にテスト入団したオリックスを同年限りで退団し、同年12月にBC・栃木に入団。180センチ、87キロ。左投げ左打ち。

 

◆伊藤将司(いとう・まさし)1996年(平8)5月8日生まれ、千葉県出身。横浜2年夏の甲子園では2回戦の丸亀戦で14三振を奪い完投勝利。3年春の甲子園では初戦で八戸学院光星に敗れた。国際武道大からJR東日本に進み、20年ドラフト2位で阪神入団。178センチ、85キロ。左投げ左打ち。