パ・リーグはオリックスとロッテの白熱の優勝争いが続くが、球界の名物オーナーで知られるオリックス宮内義彦オーナー(86)も、25年ぶりの“そのとき”を心待ちにしている。95、96年の連覇のあと、ときには厳しく、不変の愛情を持ってチームを見守ってきた。折々のオーナー語録を振り返る。第1回は日本一2年後の98年から00年まで。

【1998年】▽4月13日 37年ぶりの開幕6連敗にも、当時の仰木監督への変わらぬ信頼を強調。「会社(経営)でもこういうときはじっと辛抱するのが一番なんです。監督も同じ。仰木をクビにすると言ったら、あなた方(マスコミ)は喜ぶだろうが、そんなことは全く考えてません。6連敗で休養なら6連勝したら給料を倍にせなアカン理屈になる。まあもともと、うちは出だしが悪いチーム。今週中には勝てますよ」

【1999年】▽2月20日 キャンプ視察で宮古島入りし、チームに向かって大熱弁。「ここ数年パ・リーグの力が衰えているが、盛り返すのはわれわれしかない。目標はただ1つ。日本の頂点を目指すだけです」と日本一奪回指令を出した。一方、今季が契約最終年の仰木監督の契約については「負けが込んだら?怖いね。いろいろ考えないといけない」と厳しさも忘れず。

▽4月22日 日本ハムに敗れ、7連敗。仰木監督は公式戦で初めてイチローを4番に置く切り札を切り4打数1安打も、低迷脱出にはつながらず。2試合連続観戦のオーナーは「弱いから負けるんだよ」とあきれ顔。

▽10月14日 シーズン終了のオーナー報告で、仰木監督に新たな複数年の契約延長を提示し「今季は戦力的に3位の力だった。監督の評価は下がっていない。引き続きやっていただけるという前提」と、変わらぬ信頼を示した。

【2000年】▽7月23日 神戸での球宴を観戦し、昨オフに新たに3年契約を結んだ仰木監督について「今の時点では考慮もしていない。続投が既定路線なのは決まりきっている。愚問でしょう」と断言。首位と0・5ゲーム差の3位という前半戦の戦いぶりにも「混戦の三つどもえというところ。これから抜け出してくれるでしょう」と巻き返しを信じた。

▽8月3日 プロ10年目の戎(えびす)がロッテ打線をプロ初完封した試合を観戦し「エースが育ってきた」と、笑顔で千葉マリン(現ZOZOマリン)をあとに。

▽8月30日 FA取得前のイチローを巡ってメジャーが獲得調査が熱を帯びる中、オーナーは「当然、今は移籍うんぬんは考えられない。選手の方は(移籍志願など)いろいろと言うのだろうが、私としては認められない」とポスティング制度を利用してのメジャー移籍を認めない考えを明言。イチローも強行突破する考えはないことを明かし、メジャー移籍は早くてもFA権を取得する2001年オフ以降となった。ただその後、イチローの固い意志の前に球団が折れ、急転メジャー移籍が決まった。

▽11月27日 初のBクラスに落ち、球団納会の席で「オリックスという名前になって1番不本意なシーズンだった。オールスターでパは負け続け、日本シリーズもセに奪回された。いろんな形で選手を集め、プロ野球の理念に果たして合致しているか分からない球団が勝つのは、われわれとして不本意だ」と、大補強で日本一を達成した巨人のチームづくりを批判。「来年は勝つことを目標にしてほしい」と奮起を促した。またイチローに対して「看板スターだったイチロー君がメジャーリーグを目指して海を越える。転身される皆さまに、今後も幸多いことを願っています」とエールを送った。

【人生に役立つ名言連発?宮内オーナー語録まとめ】>>