神宮にマダックスの化身が現れた。ヤクルト奥川恭伸投手(20)が、「2021 JERA クライマックスシリーズ セ」ファイナルステージ第1戦でプロ初完投初完封を決めた。9回を6安打無失点の9奪三振。緊張感が漂うマウンドで、わずか98球の圧巻劇をみせ、メジャーの大投手、グレッグ・マダックスが由来の100球未満の完封勝利を達成した。星稜(石川)時代に培った経験が、勝負どころでの快投を呼び込んだ。

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最後に奥川スマイルがはじけた。8回裏の攻撃が終わると、ゆっくりと9回のマウンドへ向かった。息を長く吐き、ロジンを手に。先頭に安打を許すも、最後はウィーラーを145キロの高め直球で中飛に打ち取った。「初戦で投げると聞いたのはすごく前だったが、そのときから緊張していた。勝利の瞬間ホッとしました」。両手を掲げ、全身で喜びを爆発させた。

高校時代は満員の甲子園で何度も投げた。修羅場を経験したからこそ、今がある。「緊張はほぐすというより受け止める。緊張感あるゲームは投げていて楽しい」と笑う。今季最速155キロを計測した直球も、この日は149キロ止まり。それでもスライダーとフォークで的を絞らせなかった。打者32人と対し、フルカウントは2度のみ。その1つは5回2死一、三塁で迎えた代打八百板。カウント1-3から147キロ直球で空振りを奪うと、最後は外角低めに142キロ直球。見逃し三振に仕留め、渾身(こんしん)の1球にほえた。ストライクゾーンで果敢に攻め続け、無四球での“マダックス”達成。巨人打線を圧倒した。

ちょうど1年前の20年11月10日。神宮でプロ初登板を果たした。2回0/3を9安打5失点。プロの洗礼を浴びた。体作りやフォームのバランス、球の質など、すべてを見直し、一から鍛え直した。今季は中10日の間隔を空けながら、先発ローテを守り抜き、投げながら成長。これまでは7回が自己最長イニングも、大一番で最高の結果を見せた。

役目を全うし、勝ち進めば次回登板は日本シリーズとなる。後は先輩たちの応援に徹する。投げるたびに成長を感じさせる今シーズン。試合後には「まだ球を速くしたい。走者を置いたときはもっと球を操りたい。変化球はもっとキレのある球を投げたい」と言った。飽くなき向上心。絶対的なエースになるまでの道のりはまだまだ半ば。日本一を懸けたマウンドでも、全力で応える。【湯本勝大】

▽ヤクルト高津監督(奥川の投球に)「勝っても負けても彼のゲームだと思っていた。最後まで投げ切るイメージはしてなかったが、非常に少ない球数で、どんどん勝負をしていった結果。素晴らしいピッチングだった」

◆マダックス 100球未満での完封を意味する言葉として使われる。86~08年にブレーブスなどで通算355勝を挙げ、殿堂入りした大投手グレッグ・マダックスは、通算35完封のうち13度を100球未満で達成。抜群の制球力は「精密機械」と呼ばれた。球数で降板のタイミングを管理する現代の大リーグで、100球未満の完封は先発投手の理想となる。