パリ五輪が盛り上がる。その地を目指しながら挑戦すらかなわず、4日に大阪市立住吉区民センターのリングでプロ2戦目を戦ったボクサーがいる。

六島ジムに所属する韓亮昊(ハン・リャンホ)、26歳。日本で生まれ育った朝鮮籍4世。目指したのはパリ五輪での57キロ級北朝鮮代表だった。22、23年度と全日本社会人選手権を連覇した。十分のアマ実績を誇り、北朝鮮代表としてパリ五輪を目指した。しかし北朝鮮は自国で活動する選手を優先。パリ五輪の選考対象となる昨年のアジア大会(中国・杭州)代表にも選出されず、戦わずして五輪への夢は断たれた。

日本のメダルラッシュに沸く五輪を「正直、複雑な思いで見ています」と明かす。立ちたかった、立っていたかもしれない夢舞台。「自分が出ていたらどこを狙えていたのか、とか。そういう目線で見てしまいます」と話した。

日本で生まれ、育った。ボクシングを始めたのは大阪朝鮮高から。すぐに素質は開花し、東農大では4年時に主将を務めた。心は「日本人」だが、祖国への思いは深い。高校の時、初めて北朝鮮を訪れたことがある。日本代表として五輪に向かう道もあったが、「自分は朝鮮人。その国の代表で出たかった」。

五輪の夢を失い、プロデビューを即断した。今は「未練は全くないです」と言い切る。4月にWBOアジアパシフィック・スーパーフライ級15位スラット・イアムオン(タイ)をKOで撃破。2戦目はキャリア51戦を誇るジャカラウット・マジュガン(29=タイ)にフルマークの判定勝ち。順調にプロの戦績を重ねる。

軽量級では異色の長身173センチを武器にするサウスポースタイル。まだ、プロとしての体を作っている段階で、タイトル挑戦も「来年ぐらいには」と慎重に語る。朝鮮籍では元WBC世界スーパーフライ級王者・徳山昌守以来を目指す。

4日の試合を「たくさんの課題が残った。あげたらキリがないぐらい。来年にはタイトルを狙える位置にいたいので、課題を克服していきたい」と反省し、進歩を誓った。金銀銅のメダルから光り輝くベルトへ。手にしたいものは変わっても、世界の頂点に立つ思いだけは変わらない。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)