5月28日、両国国技館で元関脇若の里の西岩親方(39=田子ノ浦)が、襲名披露の断髪式を行った。断髪式前には、同郷で同学年の良きライバルだった元小結高見盛の振分親方との「最後の対戦」があり、また断髪式は四方に向きを変えての“回転式”で進行した。いずれも最近ではよくある、趣向を凝らした演出だが、もう1つ、角界関係者も「あまり記憶にない」と話す、ホロリとさせられる演出があった。

 卒業証書授与がそれ。約400人の断髪者の中に、西岩親方が角界入りする前に通っていた青森・弘前市立第二中で校長だった片岡通夫さん(85)がいた。前夜、何よりも大事な証書を抱えながら片岡さんは青森から駆けつけた。

 実は西岩親方、中学3年の2月には入門のため上京し、3月には初土俵を踏む春場所に備え大阪入りしたため、卒業式には出席できなかった。それからほぼ四半世紀。西岩親方のたっての希望がかない、この日の土俵上で夢が実現。卒業証書が片岡さんから渡された。実は、その5日ほど前に西岩親方から片岡さんに「卒業証書を断髪式でもらいたい」旨の電話があったという。急きょ、同中に足を運び現校長に許可をもらい作成したという。

 現在も弘前市立第二中で年間30時間、3年生の希望者に「総合学習」の授業を受け持ち、教壇に立つ片岡さん。自分の半分の年にも満たない、かつての教え子に対しても敬意を払いながら「とにかくまじめな青年でした。正々堂々、前に出る相撲で、はたいたり奇襲をしたりすることは絶対にしなかった」と述懐。悔やまれることは「中学時代も強かったけど、ケガで全国大会に出られなかった。ケガをしない体を作っておけば良かったな」と記憶をたどった。

 断髪と合わせ2つの大役を果たした片岡さんは「卒業証書のことは、これまでもいつも気にされていました。感極まりました。感激でいっぱいです」と目頭を熱くさせて話した。やはり断髪式に出席した横綱白鵬は、入門時の15年前に思いをはせ「日本に来た時、一番好きな力士が若関だった。2番目が魁皇さん、3番目が貴乃花さん。曙関が14勝1敗で(最後の)優勝した平成12年九州場所で、土をつけた若関の相撲を覚えている」と、あこがれのスターを見つめるようなまなざしで話した。

 自分の横綱土俵入りで、若の里が太刀持ちや露払いを務めてくれた花田虎上氏(元横綱3代目若乃花)も、はさみを入れた1人。「本当に真面目で一生懸命。ある日、会った時に『だいぶ年取ったね』と言ったら『まだ頑張って現役ですよ』と言っていた彼が、とうとうこの日を迎えました。後進の指導でも頑張ってほしい」と目を細めた。第2の相撲人生にも幸あれ-。幾万人のそんな温かなエールに包まれながら、西岩親方は本格的な親方人生のスタートを切った。【渡辺佳彦】