今場所から行司の最高位に就いた第38代木村庄之助(64=高田川)は、75年夏場所の初土俵から約半世紀後の今も「一生懸命」の初心を忘れず、土俵に立ち続けている。同じ立行司でも、式守伊之助を名乗った先場所までは2番裁いたが、今場所からは結びの一番のみ。初日は横綱照ノ富士が小結宇良を押し出した一番を冷静に裁いたが「より責任の重みが増した」という。大関前の山に憧れ、飛び込んだ相撲界。その前の山の先代高田川親方から言われた「一生懸命やったことが土俵に出る。一生懸命仕事しなさい」だった。

初日の取組後は真新しい装束を脱ぐと、胸のあたりから大量に出血していた。詳細は明かさなかったが、無意識に強くかきむしったものとみられる。重圧とストレスは計り知れない。視力や反射神経では若い行司の方が上回るかもしれないが「行司は経験が最も大事。一瞬のうちに過去の取組がよみがえる。それと照らし合わせ、どちらの勝ちか見極める」と、毎日自己ベストを更新しているという。

若いころは「小学生の時の校長先生のようだった」と、遠い存在だった庄之助に上り詰めた。ウオーキングで体力をつくり、発声練習も怠らない。65歳の誕生日を迎える定年の9月22日まで「集大成で挑戦する」を掲げ、全力で駆け抜けるつもりだ。【高田文太】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

照ノ富士と宇良(右)による結びの一番を裁く行司の木村庄之助(撮影・小沢裕)
照ノ富士と宇良(右)による結びの一番を裁く行司の木村庄之助(撮影・小沢裕)
照ノ富士(左)に懸賞金の束を渡す行司の木村庄之助(撮影・河田真司)
照ノ富士(左)に懸賞金の束を渡す行司の木村庄之助(撮影・河田真司)