一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元WBC世界ライトフライ級王者木村悠氏(37)の一撃は、3階級制覇したホルヘ・リナレスの「ロマチェンコ戦の右ストレート」です。現役最強と言われる相手に敗れはしたが、プロ初ダウンを奪った一撃。生で見た感動を話してくれました。(取材・構成=河合香)

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▼試合VTR リナレスはWBA世界ライト級王者として、18年5月にWBO世界スーパーフェザー級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)を迎え撃った。会場は聖地と言われる米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン。ロマチェンコのスピードあるパンチにリナレスは徐々に押され気味になったが、6回残り30秒で放った右カウンターをアゴに命中させる。プロ12戦目で初めてとなるダウンを奪った。ほぼ互角の展開となり、9回までの採点は三者三様のドロー。10回に回復したロマチェンコの細かいパンチを浴び、最後は左ボディーでついにダウン。10回2分8秒TKO負けで4度目の防衛に失敗したが、本田会長は「商品価値は高めた」と評した。ロマチェンコは世界最速での3階級制覇となった。

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あの試合は現地へ見に行った。米国での試合を見るのは初めて。一緒にずっと練習してきた仲間が、世界最強とも言われる相手に、どこまで通じるか、楽しみだった。

ともにスピードがあり、手数も多く、ロマチェンコが攻めてきても、リナレスも劣っていなかった。互角に近い劣勢ぐらいの感じ。そんな中で6回に、リナレスが右ストレートでダウンを奪った。彼らしい、すばらしいパンチだった。

その瞬間、会場が静まり返った。完全にアウェーだったのに、あの一発で雰囲気が一変した。完全に流れが変わり、9回で採点もドローとなって、ここから逆転できると思った。あの大きな舞台であと一歩、寸前まで追い込んだ。最後は負けたが、しびれた。

10回にダウンを喫したパンチは、ボクが座った席からは見えなかった。あとで見たら、左ボディーがいい角度で入っていた。リナレスは前の試合で脇腹を折っていた。治っていたが、ロマチェンコは試合後に「狙っていた」と言っていたそう。リナレスはまた折ったようで、ロマチェンコもすごかった。

リナレスの応援も兼ねての観戦だったが、行ったかいは十二分にあった。あらためてボクシングの面白さや深さを知ることができた。すでに会社を辞めて、新たな道に進み始めていた。あの試合を見たことで、ボクシングをもっともっと広めていきたいと思うようになった。

◆木村悠(きむら・ゆう)1983年(昭58)11月23日、千葉市生まれ。中2でボクシングを始め、習志野高をへて法大に進み、1年で全日本優勝。卒業後は帝拳ジムに入門し、06年10月にプロデビュー。6戦目で初黒星を機に、専門商社に入社してサラリーマンボクサーとなる。14年に日本ライトフライ級王座決定戦に判定勝ちで王座を獲得。3度防衛。15年11月に仙台市でWBC世界同級王者ペドロ・ゲバラ(メキシコ)に挑戦し、判定勝ちで王座獲得に成功した。翌年初防衛に失敗して引退。通算18勝(3KO)3敗1分。引退後は退職し、解説、執筆、講演やオンラインジム(オンラインサロン)を運営している。

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