8場所連続休場から、進退を懸けて臨んだ横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が、白星発進した。左を差す得意の形で、東前頭筆頭の勢を寄り切る完勝。本場所の白星は1月の初場所2日目で北勝富士に勝って以来、237日ぶり。4連敗中と鬼門だった初日としては、休場前最後の皆勤で、優勝した昨年3月の春場所以来、実に546日ぶりだった。断食による肉体改造などにも着手し、復活への道を探り続けている。

進退の懸かる場所で、稀勢の里は歯を食いしばって前に出続けた。立ち合いは左胸に、勢に頭からぶつかられた。8場所連続休場の主な要因は左大胸筋損傷。左胸に力が入らず、生命線の左が生きなかった。だがこの日は、全身でぶつかってきた勢に押されない。むしろ左を差してまわしを取り、相手もろとも土俵下まで落ちるほど、鋭い出足で一気に寄り切った。間違いなく稀勢の里は強かった。

割れんばかりの大歓声が両国国技館を包んだ。それでも目を閉じ、静かに勝ち名乗りを受けた。支度部屋に戻っても、笑顔すら見せなかった。「まあ、集中してやりました。やることをしっかりやって、自分の力を出すだけです」。朝稽古は完全非公開。勢とは取組前まで15勝1敗ながら、最後に対戦した昨年7月の名古屋場所では敗れ、その後、途中休場に追い込まれた。何より横綱昇進後、最初の場所となった昨年春場所で勝って以降、4連敗中と苦手の初日。過度な緊張を避け、平常心を保つことだけを取組前も取組後も努めた。

肉体も改造した。左大胸筋の損傷について、父貞彦さんは「当初は30%の力も出なかった。今は70%ぐらいには戻った」と明かす。筋力を戻すために、取り入れたのが断食だった。元アマチュアボクサーの貞彦さんは「けがを治すには強い細胞が必要。細胞から生まれ変わるには断食が最適」と、本などを使って科学的な根拠を示し、稀勢の里に断食の必要性を説いた。体を大きくするのが仕事の力士には珍しく、約1カ月に1日、ほぼ何も食べない日をつくり、その後も段階的に食事量を戻す手法を取り入れた。体重増による体への負担増の解消も兼ねた。8場所連続休場が始まった昨年5月の夏場所で184キロだった体重を、じわじわと176キロまで落とした。

けがに強い、回復力のある体を土台に、7月末から約1カ月続いた巡業を昨秋以来、完走した。復活できる下地はあった。それでも稀勢の里は「今日は今日で明日は明日」と浮かれない。年6場所制となった1958年以降の横綱として、歴代最長の休場明け。奇跡の復活へ、大きな第1歩が刻まれた。【高田文太】