関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)の大関昇進が、27日午前に開かれる日本相撲協会の夏場所(5月12日初日、両国国技館)番付編成会議と臨時理事会で正式決定する。連載「貴景勝の心技体 平成最後の新大関」では、22歳の若武者の原点や素顔などに迫る。

◇  ◇  ◇

いわゆる「お坊ちゃん」のイメージとは程遠い。高級住宅街で有名な兵庫県芦屋市出身。貴景勝(本名・佐藤貴信)は衣食住に困らない環境で育ったが、父一哉さん(57)は「正直、あのお坊ちゃんがよくあんな性格になったな」と振り返る。「負けん気が非常に強い。どれだけ練習させても大丈夫。へこたれなかったんです。これはちょっと、客観的に見ても伸びるかもしれないと思いましたね」。

3歳で芦屋大付属幼稚園に入ると、年長組ととっ組みあって暴れまくる問題児だった。空手経験のある父は、まだ幼稚園児だった1人息子に、極真空手を始めさせた。週に2、3回、道場に通わせて4時間ぶっ通しの稽古。家では毎日、近所の坂道約100メートルを何十本もダッシュさせる。サンドバッグを1時間たたかせ、最後の20秒は息を止めさせてパンチラッシュ。しかし、何をやらせても耐える。一哉さんは「体は小さいけど気持ちは強い。素質、あるな」とうなった。

一方で唯我独尊でもあった。貴景勝も「チームスポーツというよりは個人競技に向いてるかな」と自己分析する。父いわく、小学生の時はサッカーでも非凡な才能を発揮したというが、周囲を無視して1人でドリブル。指導者には怒られ、最終的にはGKに転向させられて即座に辞めた。

そんな性格は、埼玉栄高に進学して緩和された。貴景勝が「あの人がいなかったら今の自分はいない」と感謝するのが、相撲部の山田道紀監督(53)。恩師は毎日、部員約20人の弁当を準備し、上下関係や雑用を徹底して指導してくれた。高3で掲げた目標は、自分のことじゃなく、高校総体で団体優勝して、山田先生を胴上げすること。今も、何より大切にするのが応援してくれるファンの存在だ。「数ある力士の中でも自分を応援してくれる人のために勝ちたい」。支えてくれる人に対し、感謝の気持ちと思いやりを常に抱いている。【佐藤礼征】