新型コロナウイルスの感染拡大防止により史上初の無観客開催となった春場所で、関脇朝乃山(26=高砂)が大関貴景勝を押し倒しで破り、事実上の大関昇進を決めた。昇進目安の「三役で3場所33勝」には1勝届かず。それでも相撲内容が評価され、日本相撲協会審判部の境川部長代理(元小結両国)が、大関昇進をはかる臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請し、了承された。25日の臨時理事会、夏場所の番付編成会議を経て正式に決定する。

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しこ名を呼ばれて土俵に上がると、朝乃山はガランとした千秋楽の館内を見上げ、2人の恩師を思い浮かべた。「2階席の端で絶対に見てくれている」。17年の初場所中に亡くなった富山商相撲部監督の浦山英樹さん、今年の初場所中に急逝した近大相撲部監督の伊東勝人さん。2人に見守られて大一番に臨んだ。

負ければ来場所でかど番を迎える貴景勝との真っ向勝負。気合でぶつかった立ち合い、徹底した突き押しではじかれてまわしが取れない。それでも構わず前へ。懸命に伸ばした左でまわしをつかむと、振られても絶対に離さなかった。引かれてもついていき、途中でまわしから手が離れたが押しながら前へ。はたきにも落ちずにしつこく前に出ると大関が背中から転んだ。「辛抱して前に前に出られた。常に前に出る気持ちだった」とどっしりと構えた。

無観客開催の異様な重圧に負けなかった。そのために15日間、2人の恩師を2階観客席に思い浮かべた。「自信を持っていけ」「しっかり当たれ」。高校、大学時代に幾度となく掛けられ続けた言葉を、胸に刻みながら土俵に上がり続けた。これまで過ごしてきた日常をイメージできたからこそ「今場所はいつもの場所と同じ気持ちで臨めた。ありがたい」と感謝する。

全取組後の協会あいさつが終わり、まだ会場内にいる時に審判部が大関昇進をはかる臨時理事会を八角理事長に要請したことを知った。昇進目安に届かなかったこと、14日目に横綱戦2連敗を喫したこともあり「自分の中では大関はないと思っていた」と諦めていた。プロ入り後ずっと夢だった大関。近大出身とあって“第2の故郷”で、師匠の高砂親方(元大関朝潮)と同じ地位が決定的となった。「まだ実感はありません。伝達式か番付を見た時ですかね」と話した。

25日の臨時理事会で大関昇進が正式決定すれば、富山県出身では太刀山(元横綱)が1909年6月に昇進して以来111年ぶりの快挙だ。今場所は地元のファンに直接、勇姿を届けられなかった。だからこそ夏場所は「できたらいつもの場所のようにお客さんの声援を受けたい」。一足早く、理想の大関像を問われると「小さい子どもがプロの世界に入った時に尊敬される力士になりたい」。“富山の人間山脈”はさらに大きな存在感を示し続ける。【佐々木隆史】