旧ソ連が対日参戦したのは終戦間際の45年8月8日である。停戦後に武装解除した日本兵や一部の民間人はシベリアなどの強制収容所(ラーゲリ)に連行されることになる。極寒で食料も乏しく、劣悪な環境での労働を強いられた。11年後に最後の引揚船が帰港するまでに、約60万人の抑留者の内、6万人余りが命を落としたという。

そんな中で周りを励まし、最後まで希望を捨てなかった山本旗男さんの遺書にまつわる悲話をつづったノンフィクション「収容所から来た遺書」(辺見じゅん著)が映画化され、「ラーゲリより愛を込めて」のタイトルで9日から公開される。

映画が企画されたのはコロナ禍の前だという。その後ウクライナ侵攻が起き、映画の中の理不尽は、心ならずも現実の閉塞(へいそく)感と重なっているようにも見える。

身に覚えのないスパイ容疑でラーゲリに収容された山本(二宮和也)は、日本にいる妻(北川景子)や4人の子どもたちとの再会を信じ、絶望に打ちひしがれる周囲を励ます。

戦場で心に傷を負い傍観者を決め込む松田(松坂桃李)、足に障害があり兵役免除されながら漁の最中に捕虜となった新谷(中島健人)、軍人時代の階級から高圧的な態度をとる相沢(桐谷健太)-そして、かつて山本にロシア文学の素晴らしさを教えた郷土の先輩、原(安田顕)は執拗(しつよう)な尋問を受けて心を閉ざしてしまっていた。行き場のない怒りで日本人同士のいさかいも絶えない。

分け隔てなく彼らに接し、ぶれない山本の姿勢はしだいに彼らの心を溶かしていく。が、終戦から8年、やっと家族からのハガキが届くようになった頃、山本が病魔に冒されてしまう。体はみるみる衰え、このままでは家族との再会は果たせない。彼の思いをかなえるために捕虜たちはある行動に出る。それは山本の家族に「奇跡」をもたらすことになる。

二宮の役作りに改めて驚かされる。山本には、強靱(きょうじん)な精神力はもちろんだが、どこかふわっと抜けたところもある。過酷な環境や理不尽もここまで来れば、耐えられるのはそんな人ではないか。仲間とのさりげないやりとりに、そんなスキを折り込んでリアリティーがある。終盤にかけての痩せっぷりにも心を揺さぶられる。

松坂のとがった頰骨も印象的で、痩せ方ではこちらが上かもしれない。中島は最初は別人と思ったくらいの変身ぶり、ケンティもここまでやるのか。桐谷や安田が醸し出す「闇」も重く、瀬々敬久監督の作り出す極限の別世界になじんでいる。

文字通り息詰まる熱演の重なり合いがあるから、終盤の「奇跡」に余計心が温かくなった。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)