映写技師のノーマン(トビー・ジョーンズ)は、セルロイドのフィルムをアーク灯で照らしながら、彼らにだけ分かる「信号」をきっかけに寸分のくるいもなくフィルムを掛け替えていく。
「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)を思い出す。かけ替え用に2台の映写機が必要だった旧来の映画館の裏側が、この作品でも印象的に描かれる。時代とともに淘汰(とうた)されてしまう職人技に漂う哀愁。「EMPIRE of LIGHT」(23日公開)には、80年代に思春期を過ごしたサム・メンデス監督の思いが込められている。
舞台は80年代初頭。イギリス南部の海辺の街だ。古ぼけた映画館エンパイア劇場では、従業員がまるで家族のように心を通わせながら働いている。
主人公のヒラリーには「女王陛下のお気に入り」(19年)でアン女王を演じたオリヴィア・コールマン。長年この劇場で働き、チーフ的な存在の彼女だが、過去の経験から心に闇を抱え、安定剤を手放せない。実は、一見温厚に見える館主のエリス(コリン・ファース)に性的サービスを強いられている。
そんな「実情」を察してか、頑固な職人気質の映写技師ノーマンを始め、仲間たちは何げなくヒラリーを気遣っている。性的サービスの描写をのぞけば、往年の松竹人情喜劇のような趣で、英国風の劇場の作りも不思議に懐かしく感じられる。
良くもあしくも調和が保たれた劇場に飛び込んでくるのが、差別やもろもろの理由で大学を追われた黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)だ。互いに無かったものを求めるようにヒラリーとスティーヴンは年齢も人種も越えて愛し合うようになる。くすんでいた2人はともに輝きを取り戻していくが…。
後半は不況と社会不安の時代背景が重くのしかかってくる。人種排斥運動の暴力的な集団が劇場に襲いかかるシーンもある。
一方で、大作映画のプレミア会場に選ばれ、エンパイア劇場がかつての栄光をつかの間取り戻す場面に胸が熱くなる。上映されるのは「炎のランナー」(81年、ヒュー・ハドソン監督)。20世紀初めの排他的な社会を背景にしながら、実は英国的な尊厳を描いたこの作品にメンデス監督が思いを重ねていることが伝わってくる。
動画配信がまだない頃。劇中のエンパイア劇場がまるでオアシスのように描かれている。皮肉なことに、メンデス監督がオリジナル脚本を書き始めたのは、コロナ禍が始まり、映画館の危機が叫ばれた頃だった。
アカデミー賞常連監督の映画愛、そしてバックに流れるザ・スペシャルズやザ・ビートといった80年代音楽へのリスペクト…さまざまな思いが込められ、映画史に残るであろう傑作に仕上がっている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)




