ナチス・ドイツに併合されたオーストリアで、友人たちの銀行口座を一身に託された公証人は、いかにしてその資産を守ったのか。武器は何とチェスだった。

原作は、ナチスと反ユダヤの動きを嫌い、自身オーストリアを離れた作家シュテファン・ツヴァイクの「チェスの話」だ。

7月21日公開の「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」は、この謎掛けのような題材を「陰謀のスプレマシー」(12年)のフィリップ・シュテルツェル監督が巧みな重層構造で描いている。

幕開けは戦時中の慌ただしいロッテルダム港だ。客船に乗り、アメリカへ脱出しようとする公証人のヨーゼフは何かにおびえるように手を震わせている。港で再会した妻アンナが「すべて元通りになる」と慰める。

映画はこの船旅に、ゲシュタポに逮捕されていたヨーゼフの回想シーンを絡めながら進行する。

友人たちの隠し口座を聞き出そうとする拷問のような取り調べに彼はいかにして耐えたのか。そして、いかにして脱出に成功したのか。謎解きに引き込まれ、やがてはそのカギが「チェス」であったことが分かってくる。

ウィーンで暮らした彼の生きがいは、この街の代名詞ともなっている芸術を楽しむこと。ゲシュタポによって内装を取り払ったホテルの一室に監禁され、絵画、音楽、そしてすべての文字情報から隔絶された彼を精神崩壊から救ったのは、取調室への移動中に盗み出した「チェスの教則本」だった。

夢中で読み込み、トイレのタイルをマス目に見立てて「棋譜」を研究。取調官にこの本を取り上げられた頃には全編を暗唱できるまでになっていた。頭の中のチェス盤は、果てしなく「無」を突きつけるゲシュタポの追及に耐える「武器」になったのだ。

一方、アメリカへの船中では、彼のチェスの能力を知ったオーナーが、乗り合わせた元世界王者との対戦を提案する。渡米後の生活費がまかなえるほどの高額賞金付きだ。命懸けで身に着けたチェス力は、世界王者をも追い詰めるが…。

息苦しい回想シーンと息詰まる船中の対局シーンを行き来しながら、ヨーゼフの旅は想像もしなかった結末に行き着く。

リアルなようで実は幻想的な、現実のようで実は足元が危ういような。細部に凝ったシュテルツェル監督はそのあんばいを巧みに操り、最後の最後まで謎解きの緊張感を持続する。

ヨーゼフ役は主演作「帰ってきたヒトラー」(15年)で注目された演技巧者のオリヴァー・マスッチ。「西部戦線異状なし」のリメーク版(22年)で印象的な演技を見せたアルブレヒト・シュッへが2役で敵役を一手に引き受けている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)