先の見えない造船不況、そしてリストラ…韓国でパク・クネ大統領の退陣を求める「ろうそくデモ」が行われていた9年前の実相を、造船会社の人事チーム社員の目から描いたのが「ただ、やるべきことを」(17日公開)だ。組織の都合で弱者が痛い目を見る図式はは万国共通だろうが、リストラする側に視点を置いたところにこの作品の新味がある。長編デビューとなったパク・ホンジュン監督(39)に聞いた。
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会社勤めをしていた頃に目の当たりにした「ろうそくデモ」のうねりが、今回の題材に取り組むきっかけになったという。
「パク・クネ政権が倒れ、少しは政治が良くなった気がしましたが、実際の労働環境にはまったく変化がありませんでした。その頃ですね、この題材で映画を作ろうと思ったのは。組織の都合で理不尽な目に遭う人々の思いはどんな時代でも変わりませんから」
実際に造船所の人事チームに勤務した経験が、これまでにないリアルな社内描写を生み出した。
「解雇される人たちが会社側と一戦交え、勝利するーこれまでの映画のほとんどはそんな希望を描いてきたと思います。でも、現実はそんなに輝かしいものではありません。リストラする側の幹部たちはまるで極悪人のように描かれてきましたが、内側から見れば、そちらの側も当たり前のように、苦しんでいます。異動すればあっという間に立場代わってリストラされる側になるわけですから。ごく一部の上層部を除いて、実際のリストラの現場には、悪人はいないんですよ」
社内や居酒屋の描写に説得力がある一方で、実際の造船所の現場はまるで背景のように流れていく。
「この映画の中心は、苦境に立った組織の人のうごめきです。人事チームとリストラ対象となった社員、そして人事チーム内の会話を中心にドラマを組み立てました。だから、舞台はオフィスと居酒屋が中心になり、それに金属質の冷たさが際立つ冬の造船所の光景を絡めれば、リストラという厳しい現実を印象づけられるのではないか。そんな風に考えました」
初めて巡ってきた長編のチャンスに、あえて名の通った俳優は使わなかった。
「プロデューサーは反対しましたが、社内をドキュメンタリーのように見せたかったので、あまり顔を知られていない俳優さんを中心にキャスティングしました。彼らが持っているキャラそのものを役に生かしてもらい、自然に演じてもらう意図もありました。短編映画の時は、せいぜい2,3人の出演者と打ち合わせれば良かったのですが、今回は多くの人とそれぞれとコミュニケーションをとりながら全体の空気をまとめ上げるのに腐心しました。予算の都合で時間にも限りがありましたから」
ようやく自信が芽生えたのは撮影後半だった。
「撮影中は不安ばかりでしたけど、リストラされた社員の娘さんからの電話に励まされ、主人公がちょっとだけ前向きな気持ちになるシーンがあります。僕自身はここがクライマックススだと思っているんですけど、このロングテイクがうまく撮れた時、この映画行けるんじゃないか、という気になりましたね」
兵役があり、さらに就職難の韓国で、本気で映画の道を志したのは30歳手前の頃だった。
「子どもの頃からずっと平凡な観客でしたけど、勤めた会社がたまたま釜山にあり、釜山映画祭の関連事業にシナリオ教室があったんです。時間つぶしのつもりで通うようになって、いつの間にかハマったというのが映画作りに関わるようになったきっかけです」
幅広いジャンルに映画の可能性を実感している。
「好きな映画はたくさんあります。韓国の作品で言えば『八月のクリスマス』とか、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』は、僕にとってほぼ完璧な映画です。アメリカの『ゼロ・グラビティ』にはこういう題材でここまでの映像ができることへの敗北感を覚えましたね。日本映画では今村昌平監督の『復讐(ふくしゅう)するは我にあり』ですね。強烈なキャラが何日間も頭から離れませんでした」
次作以降の構想も膨らむ。
「いろんなジャンルに挑戦したい。次はコロナ禍の時期を舞台にスリラー的要素をまぶしたヒューマンドラマを考えています。SF歴史モノの構想もありますよ」
人材豊富な韓国映画界に新たな実力者が加わったようだ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)
◆パク・ホンジュン 1986年3月1日、慶尚南道昌寧郡生まれ。造船所に勤務しながら撮った短編映画「Movinng day」が17年の釜山独立映画祭に招待された。「ただ、やるべきことを」は23年の釜山国際映画祭で「今年の俳優賞」、監督協会プラスエム賞を得ている。






