第89回アカデミー賞でまさかの誤発表という、前代未聞の大逆転で見事に作品賞に輝いた「ムーンライト」。日本での公開が当初の予定よりも1か月ほど前倒しとなり、3月31日に決まったそうですが、大本命と言われた「ラ・ラ・ランド」からオスカーを奪った「ムーンライト」とは一体どんな作品なのでしょう。

 2014年にオスカーを受賞した「それでも夜は明ける」を手掛けたブラッド・ピットの製作会社プランBエンターテインメントが製作総指揮をとった同作は、150万ドルという低予算ながら全米映画批評家賞やニューヨーク映画批評家オンライン賞、ゴールデン・グローブ賞など数々の賞を受賞。アカデミー賞では作品賞に加え助演男優賞、脚色賞も受賞する3冠に輝きました。今年は早い段階から「ラ・ラ・ランド」が最有力候補といわれる中、じわじわとその存在感を示し、アカデミー賞授賞式直前には「ムーンライト」の受賞の可能性が取りざたされるようになったほどです。また、本作は批評家のみならず、小規模公開ながらも見た人たちからは「考えさせられる素晴らしい内容だった」との声も数多くあがり、観客の満足度の高さでも話題になりました。

 本作はフロリダ州マイアミを舞台に、貧困地域で暮らす黒人少年が自らのアイデンティティーを見いだす成長過程を少年期、ティーンエイジャー期、成人期の3つの時代構成で描いています。貧困や人種問題、同性愛や麻薬など現代のアメリカが抱えるリアルな社会問題を丁寧に描いていることや、3つの時代を別々のキャストが演じる構成なども高く評価され、これまで300を超える賞にノミネートされ、150もの部門で受賞していますが、主人公シャロンを演じたのはほぼ無名の俳優たちで、しかもメガホンをとったバリー・ジェンキンス監督はこれが長編2作品目というから驚きです。黒人でゲイとして生きる少年の痛みを感じさせる内容は、とてもパーソナルな映画で、現代社会をシビアに描いたドキュメントの要素も含まれていますが、色彩豊かな映像はとても美しく、その革新的な映像美が音楽と共に人々の心を揺さぶったことは間違いないでしょう。

 主人公の父親代わりとなる麻薬ディーラーを演じたマハーシャラ・アリはアカデミー賞助演男優賞に輝きましたが、今作が映画初出演となった幼い頃の主人公を演じたアレックス・ヒバートの演技も素晴らしく、オスカー候補に匹敵すると絶賛されています。主人公を演じた3人は、揃って米タイム誌が選ぶ2016年の俳優による演技トップ10に名を連ねているほか、薬物中毒の母親を演じたナオミ・ハリスも迫真の演技で助演女優賞にノミネートされており、キャストの演技のすばらしさもこの作品の特徴です。低予算、無名俳優の作品がハリウッドでつかんだビッグチャンスは、インディー映画の大成功例と言っても過言ではないでしょう。

 トランプ政権下で揺れ動くアメリカで、人種問題やLGBTを扱ったこの作品がオスカーを受賞したことは大いに意味があり、アカデミー賞のハプニングと相まって人々の記憶に残り続ける作品になることでしょう。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)