ここ十数年、毎年10月になると、石川・七尾市にある能登演劇堂に通うことが恒例となっている。目的は仲代達矢さん(86)が主演する無名塾公演を見に行くためである。

1983年に家族で訪れた能登の穏やかな景色を気に入った仲代さんは、夏に無名塾の稽古合宿を能登中島町(現在の七尾市)で行うようになり、95年には仲代さんと妻の演出家隆巴さんが監修した演劇専用ホール「能登演劇堂」が完成し、無名塾の全国公演が能登から始まるようになった。

今回の「タルチュフ」には仲代さんも苦心したようだ。60年前、俳優座の若手だった仲代さんは、師匠千田是也さんが主演する「タルチュフ」を見て、「いつか自分も」と思い立ち、それを60年たって実現させた。出番は開演から40分後だが、長せりふもあり、「体は健康だけれど、年齢とともに記憶力が落ちている」と嘆く仲代さんは、今年に入って早々から、初挑戦となるタルチュフのせりふと格闘したという。

来年は朗読劇に初挑戦する。大好きな太宰治の「人間失格」で来年10月から能登を皮切りに、東北、東京などで上演される。実は、俳優になる前は作家志望だった。小説を書いてはさまざまな出版社に投稿していた。その時のペンネームが「森江源十郎」。「タルチュフ」の作者モリエールからとった。「昔から太宰ファンで、いつか『人間失格』をやってみたいと思っていた」と明かす。

来年3月まで「タルチュフ」公演が続く中で、12月には87歳の誕生日を迎える。「まだやりたい作品が数本ある」と話し、2年後にも山本周五郎作「いのちぼうにふろう物語」上演の企画を進めている。妻の隆巴さんが脚本を担当した作品で、過去に2回上演している。「再演を望む声が一番多いんです。私にとって最後の作品になるかもしれないけれど、やれれば、やりたい」と話す。

2年後に上演が実現すれば、公演中に89歳を迎える。仲代さんは「90歳で舞台に立つ」という目標を持っている。98歳で亡くなった新国劇の名優島田正吾さんは「100歳まで続ける」と公言していた一人芝居「白野弁十郎」を96歳まで行った。91歳で亡くなった杉村春子さんは文学座公演「華々しき一族」に90歳で主演したのが最後の舞台だった。

仲代さんは定期的にメディカルチェックを欠かさず、健康には人一倍気をつかっている。今年も1・2月に1カ月間の英国とベルリン旅行に行き、観劇などで大きな刺激を受けるとともに、英気を養ってきた。「この年齢になっても、まだまだ新しい発見がある」。90歳で舞台に、のカウントダウンがもう始まっている。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)