基本的に下町には暇人が多い。そもそも決まった時間に出勤するようなサラリーマンが居ない。日雇い職人や、怪しいスナック経営から小物売りの自営業者まで、その日暮らしの人が多かった。したがって、夕方になれば暇をもて遊ばす大人たちが集まり、長椅子に腰かけゲタゲタ笑っている。下町風情の景色だが・・・近寄るのは危険な集団だった。

「お~い、けん坊。ちィ~っと来い。」

前を通ると、確実に呼び止められる。暇潰しに子供をからかうためだ。声を掛けるのは大抵同じで、乾物屋の三河屋さん。しつこいので子供たちからは嫌われ者だった。すでに回りの大人たちは、次に何を言うのか期待している。

「ところでぇ~・・・お前、チンポコ毛生えたか?」

一同、ひぃひぃ言って笑いだした。ウケると次々下ネタを仕掛けられるので早々に逃げ出すが、後ろでは引き続き「陰毛」話しで笑い転げている・・・ため息が出るほど品がない。年ごろの子供にとって最悪の町だった。

■見世物小屋

今の時代では考えられないような「見世物小屋」があった。移動サーカスのような掘っ立て小屋で、ある日突然空き地に現れ営業を開始する。子供には近づけない怪しさ満杯の小屋で、中では「ゲテ物見せ」をやっていた。小屋の前では、小人のおじさんたちがウロチョロと呼び込みをしている。入り口正面には、中の様子が分かる横長の窓があり、観客の「見ちゃいけない物」を見ちゃったリアクションが、外から見えるようになっていた。平日は開店休業の状態だが、週末は田舎のおじさんたちで一杯になっていた。

年頃の少年たちが気になるのは、小屋の周りに置いてある「エロ画像の覗き窓」。箱型の覗き機で、小銭を入れて中を覗くとスケベ映像が流れる。今思えばどこがエロなのか、下着姿の白人女性が腰をフリフリ踊る映像だった。蹴っ飛ばすとタダで見られるので、毎回みんな一通りこっそり見ていた。

出し物も、青少年には毒のあるゲテ物揃い。なのに年齢制限がない。それどころか暇そうに前を歩いてみせると、小人のおじさんが「サクラ」代わりにタダで入れてくれた。暇なのは子供も一緒。出し物が変わると、客の居ない日を選んで何度も見に行った。


(絵:中本賢)
(絵:中本賢)

出し物は、どれも子供だましの幼稚な物ばかりだ。ほとんど忘れたが、オオカミに育てられた「狼女」とか出て来て、白々しくガオォ~ッ!とやったりする。「ろくろく首」に至っては、仕切り板の後ろで首だけ出した女性が、椅子に立ち上がり首を長く見せるだけ。横から見ると腰巻一丁のおばさんが、ヨレヨレと椅子の上に立つ姿が見れた。どれも、お金を払ってまで見る気にはならないが、時々オモシロイことを言うので楽しかった。

「どうやら、あの狼女は本物らしい・・・」

ある日、子供らの間でそんな噂が広まった。聞くと、例の狼女が本物の子犬や子猫をムシャムシャ食べていると言うのだ。人間ならそんなコト絶対出来るはずがないッ!。翌日、真意を確かめに行くと、なんと小屋は畳まれ店仕舞いをしている。保健所から営業停止を言い渡されたとのコト・・・

「ゲッ、本当に食べてたんだ!」

この日を最後に、浅草公園にこの手の見世物小屋が建つことは無くなった。子犬の生食は、さすがにやり過ぎのようだった。


■叩き売り

斜陽化していても、観光地としての浅草人気は相変わらずだった。団体の観光客はひっきりなしに訪れる。団体さんは、純朴な地方からの方が多いので、物珍しいものにはすぐに人だかりが出来た。露天商にとって浅草公園は、一年中「売」ができる魅力的な場所だったらしい。したがって、えりすぐりのテキヤ職が集まった。

縁日ではさらに勢いが盛んになる。多種雑多な露天商が、隣り向かいで啖呵自慢を競い合う。面白いのは威勢の良い「叩き売り」や「ガマの油売り」。この二つは、いつ見ても人だかりが出来ていた。神出鬼没で、突然人を集めやおら商売を始める。でもこれがぁ~、何回見ても面白い。僕も出会えば必ず見ていた。


とに角、啖呵が面白い。その場限りの出鱈目ばかり。在ること無いことテンポ良く喋りまくる。この啖呵売は、渥美清さんが映画で披露していたが、ほぼあのまんま。そもそも、渥美さんは上野生まれで郷土の先輩だ。映画で御一緒した時に聞いてみると、やっぱり上野や浅草で一日中見ていたと仰っしゃっていた。そうなのだ。浅草生まれの子供なら、大抵一節や二節はそらんじられる。それほど子供にも大人気。学校で披露すると大うけのネタになった。

当然、地元の子供観覧者も多くなる。すると邪魔なのか、おじさんが突然怒り始めたりするので、僕らは大人の陰に隠れてクスクス笑いながら見ていた。


■ガマの油売り

ガマの油売りは、芝居がかってさらに面白い。野武士スタイルのおじさんが数人、人混みの中でやおら立ち回りを始める。大抵「かたき討ち」芝居だった。人が集まってきたところで「バイ」を開始。「ハイハイ、こっからぁ~入っちゃいけないよぉ~」妙な節回しの口上で、大きな円を描きながら会場作り。まずは枕芸。居合抜きや催眠術で人を止めたり歩かしたりする。どれもサクラがやっているのは見え見えだが、分かっていても面白い。とにかく喋りが楽しいのだ。


(絵:中本賢)
(絵:中本賢)

山場は、ガマ油の効き目を見せるところ。やおら抜刀し自分の腕を切って見せる。ドッと血が流れる仕掛けだが、初めて見る人は悲鳴を上げる迫力があった。すかさず痛みに堪える芝居がひとしきり。頃合い見て、ハッと思い出したように懐から取り出すガマの油。これを傷口に塗り、手ぬぐいにてグルグル血止めして治療完了。そして決め口上。「あ~ら大不思議。このガマ油をひと塗りすれば、止血はおろか傷も残らなぁ~い!」みたいなコト言う。

しばらく間稼ぎのひと芸あって、いよいよ完治の傷を見せる場面。ハラハラドキドキ感を煽りながらスパッと手ぬぐいを取ってみれば・・・あ~ら不思議。切った傷痕も無く、見事に完治・・・そりゃそうだ。最初から切ってないから傷痕なんか残るはずがない。地元は笑うが、集まった田舎の人達には飛ぶように売れていた。

ほとんど詐欺だと思う。だいたい、中の油も本当にガマの油だったか疑わしい。でも、あの絶妙な間合いと巧みな話術は、さすが浅草公園のテキヤ。見応えあった。まぁ、詐欺と言えば詐欺だが、技がある分「芸」と考えるべきかも知れない。


■コンコン様

そんなまがい物ばかりの中、一人だけ奇妙な「占い師」が居た。嘘八百の占い師は夜の町に溢れるが、この老人占い師。平日の昼間に不意に現れ、観音裏の人通りの少ない場所を陣取っている。ゴザの上に座布団を引いて座り、前に人が立たない間は身動き一つせず瞑想にふけていた。体には毛皮をまとい、頭に狐らしき獣の顔が乗っかっている。珍しいので地元の関心も高かった。

「・・・ありゃ~、本物だな」

周りの大人が、ほぼ信じている。占いはともかく、何に驚かされるかって、目の前で摩訶不思議を次々やって見せるのだ。たとえば、何か好きな言葉を念じさせて、それをズバリ言い当てたりする。さらに、左右のポケットに何が入っているかも当てて見せた。相手は地元民、もちろんサクラであるはずない。なんと言っても、当てられた本人が一番驚いている。究極は、逆さに置いたガラスコップの中にマッチ棒を置き、ブツブツ念じると、なんと触れずにそのマッチ棒が立ち上がり、コツコツとコップの中で跳ねて踊るのだ。これを初めて見たときは、僕も腰が抜けそうになった。

いつしか、観音裏のコンコン様って呼ばれるようになっている。誤魔化しやまやかしを山のように見馴れた地元だが、どう考えても仕掛けが見えない。本題の占いの方も、占ってもらった通りに病気が治ったとか、身内に再開できたとか・・・そんな噂が立ちはじめ、いつ現れるや知れないその占い師を待つ人まで出始めていた。


このお爺さん。狐の化身だそうだ。そう自分で言っている。さらに理解不可能なのは、お金を受け取らない。代わりに「油揚げ」を要求する。豆腐屋で油揚げを買って持っていくと、その都度占ってくれた。なのに、ある日忽然と姿を見せなりそれっきり・・・あれは、一体何だったのだろう。僕は今でも、あのお爺さんは本物だったと思っている。


※次回の掲載は2月1日です。お楽しみに。