11月20日、神戸新開地の喜楽館で「桂米朝生誕百年ウィーク」の記者会見が行われた。出席したのは、米朝さんの長男で弟子でもある桂米團治(66)と、喜楽館の伊藤史隆支配人。米団治がここまでの「生誕百年落語会」について語り、その後記者による質問タイムに移った。
他の記者が質問し、米團治が答えている最中、わたしの頭に「米朝さんの名前はいつ、誰が継ぐんだ?」という疑問がにわかにふくらんだ。上方落語四天王と呼ばれた4人のうち、その名前を継ぎ、現在高座を務めている噺家(はなしか)は、6代桂文枝(前名は三枝)と4代目桂春団治(春之輔)だけ。
手を挙げて「米朝さんの後継者について、米團治さんはどのようにお考えでしょうか?」と、ド直球の質問を投げた。
その途端、隣り合わせにいた米團治と伊藤支配人が一瞬驚いたような表情を浮かべ、顔を見合わせた。もしかしたら、アンタッチャブルの質問だったかもしれない。「まずいことを聞いてしまったかな?」と一瞬思ったが、米團治はしっかりと自分の言葉で話してくれた。
「誰かに、1億円ほどで買ってもらいましょうか?」とまずはジョークで切り出し、そこからは私見を述べた。
「あんた(米團治)が継げ、という声もありましたが、米朝の名前を継ぐのは大変なこと。(米朝の師匠である)米團治の名を復活させたことで、私はこの名前で行きたい」
「歌舞伎と違って、落語家は世襲やないので」
「ドラマで米朝を演じた(桂)吉弥でええんやないか、と言ったら、周囲からえらい叱られました」
「50年、100年後にはふさわしい人が出てくるかも。しばらくは欠番でええんやないでしょうか」
大きな名跡ほど、後継者問題は難しい。
その昔、6代目笑福亭松鶴さんが、弟子の鶴瓶を前に「お前に松鶴を継がせるくらいなら、猫にやる!」と豪語したエピソードは伝説にもなっている。
後継者についてのやりとりに先だって、米團治は「米朝落語のリズムの良さ、品格をあらためて思い知らされました。米朝は『品は教えられるものやない』と生前、言ってましたなあ」とも話した。
襲名は伝統芸能ならではのもの。師匠の名前を継ぐことの責任と喜びもあれば、大きな名跡を受け継ぐには一門や所属会社、さらにはファンの理解など、個人の事情を超えたコンセンサス(意見の一致)が必要になってくる。
デリケートな質問にもかかわらず、自身の言葉で誠実に答えてくれた米團治の心意気に感謝したい。【三宅敏】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミへキタへ~」)






