NHK連続テレビ小説「スカーレット」(月~土曜午前8時)のヒロイン喜美子を演じる女優戸田恵梨香(31)が、進化を遂げている。役作りに「炎」のような情熱をぶつけ、約10カ月の収録を完走。戦後から高度経済成長期の滋賀・信楽を舞台に、格闘する女性陶芸家をブレずに演じきった。ヒロインの成長とともに、戸田本人も大人の深みが加わり、新たな輝きを放っている。

★「脳アップデート」決意持ち挑んだ

今回の朝ドラには特別な決意を持って挑んだという。

「撮影に入るとき、テーマとしたのが、自分の脳をアップデートする、1秒の濃度と速度を上げる、でした。人には同じ時間が与えられていますが、使う人によって、その濃度と速度が変わる。撮影中、自分の速度がどんどん上がっていっているなという実感を幾度となく、感じることがありました」

アップデートの先には、これまで経験したことのない「異次元」の世界もあった。

「撮影後半には周りの速度との誤差が生まれ、どんどん開いてきたなと思ってしまった。それを埋めるのが一番、苦しかった。止まらなければいけない瞬間があった。これ、なんなんだろうな…。でも、進むしかないんだと選択をしたときの埋める作業はたいへんだった。誤差をどう受け入れ、容量を広くしていくのか。それは後半のテーマであり、反省する部分でもありました」

約10カ月もの長期間、同じ役に徹したのは初めて。

「これまでは1クール(約3カ月)の連ドラ、映画も含めて年に6、7本の作品に出演してきました。1年の終わりに自分がどう変化したのかを考えたが、朝ドラは違う。たった1本の作品だからこそ、自分の進化が分かりやすく、目に見える。貴重な体験でした。芝居を始めて15年が過ぎましたが、その中でも、驚くほどアップデートができた。容量が広くなりました」

ドラマのタイトル「スカーレット」は緋(ひ)色のこと。窯の中にある炎の色であり、女性陶芸家として喜美子の人生が燃えさかる炎のような情熱の色でもある。

「私の本質にも緋色があるのは自負しています。20歳のときに『コード・ブルー』という作品に出会い、その役名は緋山。主要メンバーが、それぞれ藍色、白色、緋色、藤色と色も担当している。26か27歳のとき、映画『駆込み女と駆出し男』で、鉄練り職人のじょご役で、火を操り、火とも向き合いました」

★太りにくい体質、食生活を変えた

インタビュー中、スリムな体形からは想像できないほどの熱量に圧倒されそうになった。

「みなさんの私へのイメージは私自身が思っているところと少なからず同じだと思う。作品に対して、妥協できないところだったり…。表に出さなくても、フツフツと自分の中で火は燃やし続けている感覚がある。火の人間だなぁと思います」

日本が高度経済成長の真っただ中の1970年代。喜美子は男社会の陶芸の道に飛び込み、自らの力で作品を生み出していった。

「成し遂げる人っていうのは、どこかで何かを犠牲にする強さがある。その強さがエゴでもあり、傲慢(ごうまん)だと、人からは見られると思う。でも、それだけではない、何かがある。それは喜美子を演じることで実感したことでした」

撮影当初は大阪で1人暮らし。でも、すぐに、兵庫県にある実家から、母に住み込みで来てもらった。

「母がいなければ、すぐにホテル暮らしに変えていたと思う。撮影当初は、家に帰ってから掃除、洗濯とかをしていて。でも、時間がほとんどなく、いや~、もうこれ、たまらんなぁ~、ホテルに変えようかなと。母が来てくれたので、助かりましたね」

撮影に入る前、NHK連続テレビ小説「まんぷく」でヒロイン・福子役を演じる安藤サクラから「ヒロインしか分からない孤独がある」と聞いていた。

「それはもう、ものすごく感じた。なんて孤独なんだろう。でも、家に母がいることによって、必要以上の孤独を感じることはなかった。精神面でもすごく救われました。スタッフのみなさんからの、喜美ちゃんを守らなければいけない、という言葉が耳に入ることもあって。大きな愛情をもらって、幸せでした」

朝ドラのヒロインが決まってから、肉体改造に取り組んだ。

「太りにくい体質なので、病院で、DNA検査をはじめ、身体の隅々まで調べてもらいました。どの食べ物が自分の体に合うかを調べ、食生活を一気に変えた。約4カ月、お米は1合から1合半。ステーキ200グラム、あとはおかず3品を食べるようにした。途中で、もう食べたくないって思ったことも(笑い)。体重は5キロアップ。私の人生の中で初めて太ることができました」

★放送残り3週間 苦悩はまだまだ続く

最も印象に残るセリフがある。物語が佳境に達した第17週「涙のち晴れ」の第100話(1月30日放送)だ。喜美子が3回目の窯焚(た)きの準備を始めると、あきれた夫の八郎(松下洸平)が家を出た。夫婦の危機に幼なじみの照子(大島優子)が夫に頭を下げろと懇願したとき、喜美子はこう言った。

「立ち上がったら冬の風がな、ヒュ~ッと吹いて、そんとき思てん。ああ、気持ちええなぁ。1人も、ええなぁ。そんなこと思てしもてん」

子どものころからやりたいことがあれば父に、結婚してからは八郎にお願いし、その都度、許可を得てきた。

「喜美子は子どものころから働き者で、家族のみんなが喜美子に頼っていた。何かをしてあげたいという気持ちで喜美子は過ごしてきたんです。その人が何かをやりたいという確かなものを見つけたとき、八郎さんがいなくなった後、1人も、ええなぁ。このセリフはけっこう重かった。これまで人によって自分が幸せを感じてきていた人がそれを手放した瞬間だった。普通に恵まれている人たちには、感じ取れないほどの重さがある。あの言葉はショックであり、寂しさでもあり、なんとも言えない気持になった。台本を見たとき涙が止まらなくなりました」

スタッフとも、思いを共有できたと思っている。

「こういう作品がやりたいなと思っていて、今回、経験できてしまった。(脚本の)水橋さんのセリフには生々しさがあって、人情がありました。まさに生きている人間の言葉だった。人間にとって、一番大事な根底にある部分を約10カ月もやったというよりは、やれてしまった。これだけやりきったら、この作品を超える作品はもうないかも…。もしかしたら、俳優人生にピリオドを打ってしまったのかもしれません(笑い)」

放送は残り約3週間。喜美子の苦悩はまだまだ続く。

「この作品は、生がテーマでした。喜美子は自分の手で何かを生み出す。生に対して、自分の手で感じて、実感して、生きていきたい人なのだと思う。残りの週は少しヘビーなところもある。幸せっていうのはいろいろな形があり、喜美子と武志が出した幸せの形を見届けてもらえればと思います」

喜美子とともに進化を遂げた女優は、再び「炎」が燃え上がる日を待っている。【松浦隆司】

▼夫の八郎を演じる松下洸平(33)

こんなに頭のいい女優さんはいないと思います。お芝居をちゃんと理論立てて、物事を整理する力があり、それでいて最後は感情を軸として動くことのできる方です。多くの映像のお仕事を続けてきたからこその瞬発力だと思います。僕は舞台の現場が多く、1カ月間を通して戯曲を読みとっていくという「脳」なんですが、戸田さんはこの瞬間どうするのか前後のことも考えながら動ける方だと思います。だから現場では僕が足りないところをいつも戸田さんが補ってくださっていました。

◆戸田恵梨香(とだ・えりか)

1988年(昭63)8月17日、兵庫県生まれ。小学生時代から女優活動を始め、NHK連続テレビ小説「オードリー」(00年)の子役で女優デビュー。「デスノート」(06年)で映画デビュー。「LIAR GAME(ライアーゲーム)」(フジテレビ)「コード・ブルー」(同)など人気シリーズに次々と出演。身長164センチ。血液型AB。

(2020年3月8日本紙掲載)