女優井上真央(33)が、8日公開の映画「大コメ騒動」(本木克英監督)に主演する。今から103年前に富山で起きた史実を基に、家族を守り、生きるために決起した漁村の女性たちの姿を描く。撮影中は“米断ち”をして、顔を真っ黒に塗って主人公・松浦いとを演じた。

★生きていきたい、子供を救いたい思い

「大コメ騒動」の冒頭シーン。漁村のおかか(女房)たちが、自分の体重よりも重い米俵を担ぎ上げて、船に運ぶ。夫の留守を守り、子供たちにひもじい思いをさせないために。

「男性たちの一揆を描く作品はあったけど、この作品では群像劇として女性たちが声をあげている。大正時代は女性が強いイメージですね(笑い)」

井上演じる松浦いとは、進学を希望しながら果たせずに17歳で貧しい漁村に嫁いでくる。だが、米価の高騰により、米俵を担いで稼いだ日当では、家族が飢えをしのぐ1日分の米すら買えなくなり、やがて決起する。

「時代をすごく表している。今の時代と違って、漁村では女性も男性と同じように肉体労働をしていた。すごいなと思う。ヒーロー、ヒロインではなく、本当に追い詰められて立ち上がる。生きていきたい、子供を救いたいという思いは現代にも通じると思います。嫁に来て、母親になって、漁村のコミュニティーの中で、いとが成長していく。時代が違っても現代に通じるものがあると思います」

過酷な中で強くならざるを得ない。いとは仲間を裏切って、米穀商から米を安く分けてもらう。

「もともとは、あのシーンの後に、その米を自分よりももっと食べていけない人に分け与えるシーンがあったんです。でも、みんなが団結して勝つ、きれい事だけの話じゃないと。生きていく上で、そこ(裏切り)もちゃんと描きたいと思って、分け与えるのは違うと意見を言いました」

演者として5歳からの長いキャリアがある。積み上げた思いが、演じる役に説得力を持たせている。

「罪悪感というものを乗せるのが、彼女(いと)が成長するのに必要だと思った。その裏切りがポイントというか、自分の中でダメだと分かっていても優先しなければいけないものがある。守らなければいけないものがある。それは誰しもあることだから抵抗はない。きれい事としては描きたくないと思った」

本木克英監督(57)とはヒロインを務めた、07年の映画「ゲゲゲの鬼太郎」以来の仲だ。

「本木監督は『任せた以上は、お任せします』という方。脚本を読んで、こうした方がいいと思うことは、撮影に入る前にお話させていただきました。監督は富山の出身で、米騒動のことは深く知っていますから、現場で自由にやらせてくれました」

いとは色が黒く、痩せて、目の大きさが意思の強さを感じさせるように目立った。

「特に痩せることは考えませんでした。ただ、お米を食べられない話なので、撮影に入る前から食べるのをやめようと、撮影期間中は米断ちをしました。自然と体重も落ちて、結果的に炭水化物ダイエットになっていました(笑い)」

★30代の自分をフラットに見ていきたい

おかか仲間のリーダーとなる「清(きよ)んさのおばば」を演じたのは地元富山出身の室井滋。汚い格好で髪を振り乱し、目をむいて仲間を鼓舞した。

「室井さんは衝撃でしたね(笑い)。『ゲゲゲの鬼太郎』で砂かけばばあをやられた時以来の共演だったんですが、あの時もこんな感じでした。本当に飾らない方です。今回は地元のロケで『おいしいもの食べるわよ』って、撮影の合間におばばの格好のまま差し入れを買いに行って『気付かれなかった』って笑ってました。米断ちはしていたんですけど、富山のおいしいものを一通りは食べました」

いとを時には突き放し、また温かく見守るしゅうとめのタキを演じたのは夏木マリ。

「マリさんは心強い存在でした。お互いに富山弁が大変で『難しいよね』って。鼻にかかったり、ひとつの文章の中でイントネーションが上がったり、下がったり。マリさんは歌手でもあるから、音楽のように楽譜を書くイメージでしゃべってました」

おかか仲間でありながら、港の労働者を仕切る親分の女房で生活に余裕のあるトキを演じたのは鈴木砂羽(48)。

「ずっと砂羽さんがいてくれたのが、心強かったです。室井さんがリーダーだとしたら、それを支えてみんなを明るくしてくれた。たくましい姉っていう感じ(笑い)。女性の出演者が多かったから、みんなで美容とか健康情報を交換したんですけど、砂羽さんはマッサージとか化粧品とかの情報を教えてくれました」

一昨年の撮影終了後、新型コロナ禍の年を乗り越えて公開になる。

「本木監督が編集中のものを見せてくれたので、不安はありましたけど、延期になるならそれはそれでしょうがないと思っていました。無事に公開できてうれしいです」

公開の翌日の今月9日には34歳の誕生日を迎える。

「10代、20代の経験を経て、今はわりと自由にできるようになった。もちろん責任も伴うんですけど、自分の考えたようにできています。30代の自分のことをフラットに見ていきたいと思います」

5歳から続けてきた女優業。その道はどこまで続いていくのか。

「さぁ、分からない。すぐ、やめるかもしれないし(笑い)。ずっと続けられるとも限らないですし、いつまでにやめようとも思っていない。ここまで長く続けてられたのが、不思議ですね。やっぱり自分自身が(女優業を)好きだったというのが一番ですね。いろいろな人や仕事との出会い。怖さもあるけど、そんな楽しみがあるから続けてられました。現場でも一番年下だったのが、同世代が出てきて、自分より年下の人が出てきた。想像していたのと違うこと起きるから続けていられる(笑い)」

新しい1年が始まった。

「自然の多いところが好きなので、世界のいろいろなところに、行きたいところに1人でフラッと行けたらいいなと思います」

きっと、それも女優としての糧にする。女優として生まれ、女優として生きている。【小谷野俊哉】

▼「大コメ騒動」の本木克英監督(57)

真央さんとは、映画「ゲゲゲの鬼太郎」のヒロインで出てもらって以来の付き合い。「大コメ騒動」の主人公いとは、聡明(そうめい)だが周囲のおかかとなじめない少し内気な女性。それが子供のために奮闘し、やがてリーダーとなっていく。真っ黒な日焼け顔で重い米俵を担いで浜を歩く姿からは、井上真央が消え大正時代のおかかがそこにいる。大地に根差した人間が演じられる俳優です。撮影の最中、彼女は次第に痩せていきました。後で聞いたら米断ちをしていたという。リーダーとしておかかを引っ張る最後のシーンでは、やせてギラギラする目で、いとの覚悟と成長した姿を表現してくれました。目力がすごい。人を射すくめる、あの目に圧倒されました。

◆井上真央(いのうえ・まお)

1987年(昭62)1月9日、横浜市生まれ。5歳で子役デビュー。99~03年TBS系「キッズ・ウォー」シリーズに主演。02年「樋口一葉」で舞台初出演。05年TBS「花より男子」主演。06年「チェケラッチョ!!」で映画初出演。08年「花より男子F」で映画初主演。09年明大文学部卒業。11年NHK連続テレビ小説「おひさま」主演。同年の主演映画「八日目の蝉」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞や日刊スポーツ映画大賞新人賞。15年NHK大河「花燃ゆ」主演。158センチ。血液型O。

◆映画「大コメ騒動」

1918年(大7)に富山の漁村の主婦たちが米の安売りを求めた「米騒動」。松浦いと(井上)は漁村に嫁ぎ、出稼ぎの夫(三浦貴大)の留守を守り、米俵を担いで運んで3人の子供を育てている。だが、米の高騰に主婦たちが決起する。

(2021年1月3日本紙掲載)