米ハリウッドの巨匠、マイケル・マン監督がオール東京ロケで撮影したWOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」(全8回)が、あす24日午後10時からスタートする。世界一ロケのハードルが高いといわれる東京を舞台にした“奇跡の映像化”は大きな話題を呼ぶが、海外ロケ誘致で韓国や台湾に大幅な後れをとる東京の現状もあらためて浮き彫りとなっている。出演する俳優渡辺謙も「ロケが大事な文化だと行政にご理解いただき、ハードルを下げていただきたい」と訴えたばかり。なぜ東京はロケ誘致が進まないのか。ハリウッドと太いパイプを持ち、マン監督との共同制作を実現させたWOWOW鷲尾賀代チーフプロデューサーに聞いた。

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WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。左から、アンセル・エルゴート、渡辺謙(C)HBO Max/James Lisle
WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。左から、アンセル・エルゴート、渡辺謙(C)HBO Max/James Lisle

◆「東京」実は大人気

-「東京=撮れない」は世界のクリエーターの共通認識といわれますが、実際どうなのでしょうか。

鷲尾 がっつり閉じています。ロサンゼルスで多くのハリウッドのクリエーターと仕事をしてきましたが、東京自体はめちゃくちゃ人気なんですよ。東京で撮影できるとなれば、彼らはソウルや台北より絶対に東京を選ぶ。アドバンテージはすごくあるのに、ロスに窓口もないし、マニュアルもない。だから、それらがきちんと整っている韓国や台湾に行ってしまい、莫大(ばくだい)な製作費が落ちることになる。非常にもどかしいです。

-なぜ東京はロケの撮影許可がなかなか下りないのでしょうか。

鷲尾 大前提として、国もわれわれ生活者も「産業」の認識が海外と全然違うんですよね。ロスも撮影でしょっちゅう渋滞していますが、市民は「また撮影か」と文句を言いながらも、自分たちの産業だとちゃんと受けとめている。日本だと、大変なクレームになるだろうという壁の前ですべてが止まっている印象です。

◆あいまいな日本式の壁

-ロケ招致のマニュアルとはどういうものですか。

鷲尾 ここで撮影したい場合はここへ連絡、という細かなリストのほか、地元の人間を何%以上雇うなどの諸条件、何%の税金が戻るかというタックスリターンまで、あらゆることが分かりやすくまとまっています。ロスの場合、撮影現場に立ち会う警察官は、プロダクションが警察にお金を払って非番の人を雇う仕組み。誰が非番かも分かるようになっていて、すべてがシステマチックにできています。

WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」より。渋谷百軒店でのロケ(C)HBO Max/Eros Hoagland
WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」より。渋谷百軒店でのロケ(C)HBO Max/Eros Hoagland

-日本の現状は。

鷲尾 すべてがあいまいですよね。担当者の考え方やタイミングによって許可が下りたり下りなかったり。例えば雨への対応も、「撮影中止の可能性に備えて予備日を先に申請して」という人もいれば、「雨のことは考えずにまず申請を」という人もいる。実際に雨が降るとさらに大変です。日本人でも右往左往なのに、言葉の壁がある海外の人にはもう無理です。

-鷲尾さんらの働きかけもあって、今では内閣府などがロケ誘致のガイドラインを示しています。経済効果への重要性が共有されたはずですが、なぜ進まないのですか。

鷲尾 政府は認識してくれているのですが、どこの行政も担当者が3年くらいで異動してしまうので、そのたびに話が振り出しに戻ってしまう。3歩進んで2歩下がる、の繰り返しです。「前例がない」という前例主義の壁もあります。内需で最低限やっていけるので、外に目が向かないんですよね。そこが韓国との違いだと思います。

◆韓国エンタメの進化はロケ誘致から

-韓国はロケ誘致も早かったのですか。

鷲尾 早かったですね。「冬のソナタ」のヨン様ブーム(04年)のころは完全に日本を見ていましたが、ブームが下火になったころから、韓国のフィルムコミッションは「もう日本じゃない」と世界のマーケットに目を向け、撮影誘致の拠点としてロスに担当を置いています。ソウルに来ればこんな撮影ができます、条件はこうです、税の還付は何%ですと、英語対応で分かりやすく。この初動のアドバンテージは大きいと思います。

WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。左から、渡辺謙、アンセル・エルゴート
WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。左から、渡辺謙、アンセル・エルゴート
WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。カリスマホスト役を演じる山下智久(C)HBO Max/James Lisle
WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。カリスマホスト役を演じる山下智久(C)HBO Max/James Lisle

-今や韓国のエンタメが世界を席巻していますが、ソフトの進化の背景には、世界基準のハードの整備があったのですね。

鷲尾 脚本力や映像の奥行きなど、このあたりから一気に進化していきましたよね。今回の「TOKYO VICE」もそのチャンスなんですよ。オール東京ロケで、スタッフは9割以上日本人を雇った。総製作費100億円規模の米国の資本を体感し、見たことがないすごい機材に触れ、マイケル・マン監督の撮り方を目の前で見て、その経験が今後に生かされる。日本流と海外流のハイブリッドで制作力を底上げするチャンスが、ロケ誘致にはあるのだと強く訴えたいです。

◆巨匠の執念、小池都知事に直談判

-今回の「TOKYO VICE」のオール東京ロケは、マン監督が小池百合子都知事に直談判して実現した部分が大きく、まだ“特例”の域を出ません。

鷲尾 マイケルが小池さんに直談判したのは渋谷ロケでしたが、小池さんの快諾の様子がマスコミで流れたのは、ほかの区にも大きく作用したと思います。逆に言えば、そういうトップによる例外でもない限り動かないとも言えます。今回マイケルが小池さんを訪ねたのは、世界中で撮影してきた人の勘と執念だと実感しました。

-実際、作品の中で躍動する東京はかっこいいです。大都会ぶりはもちろん、昭和の猥雑(わいざつ)な情緒が残る渋谷の百軒店や、六本木の無国籍な雰囲気など、東京そのものが主役にもなっています。丸ノ内線、中央線、総武線の立体交差が間近に広がる御茶ノ水の事件シーンなど、公道だけに迫力があります。

鷲尾 電車がこれだけの密度で近くにあること自体、世界でも東京だけ。マイケルもこの場所を見つけた時は驚いていました。私たちには当たり前の風景でも、ハリウッドの人たちには新鮮なんだと思います。

WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。左から、アンセル・エルゴート、渡辺謙(C)HBO Max/James Lisle
WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」。左から、アンセル・エルゴート、渡辺謙(C)HBO Max/James Lisle

◆東京に再脚光

-「TOKYO VICE」の世界配信を機に、「東京で撮れるなら撮りたい」というクリエーターも増えるのでは。

鷲尾 そうですね。監督のマイケルはもちろん、プロデューサーのジョン・レッシャーもオスカーをとっているハリウッドの実力者。ハリウッドは狭い社会なので、彼らのような第一線の人たちが「東京で撮れるよ」と言えばすぐ広まるし、「全然ダメだ」と言えばそれも広がる。次の誘致、経済効果につながるこのタイミングで、窓口やマニュアルがないのはすごくもったいない。

-とはいえ、渋滞や、場合によっては通行止めなどの不便を危惧する都民や行政の声があるのも理解できます。

鷲尾 確かにそうですが、そこは腹のくくりようですよね。人口が減って内需もしぼんでいく中、分かりやすくお金を落としてもらえて、世界へのイメージアップにもなるものだと。撮る方も、警察や行政の指示をしっかり守る態勢づくりは当然のこと。システマチックにできれば、不可能ではないと思います。大げさな立ち上げは必要ないんです。フロアの片隅にほんの数人の専門部署を作り、できればロスにも1人置いて、一般的なひな型を参考に東京式のマニュアルを作るだけ。何なら私にやらせてほしいです。

◆鷲尾賀代(わしお・かよ)兵庫県生まれ。青山学院大卒後、WOWOW入社。映画部などを経て、11年から21年まで同社ロサンゼルス事務所代表駐在員。マーティン・スコセッシやロバート・レッドフォードらとドキュメンタリーを共同制作するなど実績多数。昨年、米ハリウッド・リポーター誌が選ぶ「全世界のエンターテインメント業界で最もパワフルな女性20人」に選出。

◆WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICE」 東京の大学を卒業し、大手新聞社の警察担当記者となった米国人青年ジェイク(アンセル・エルゴート)は、裏社会と複雑な関係を持つ刑事、片桐(渡辺謙)と出会う。特ダネを追いながら捜査協力をするうち、駆け引きや裏切り、愛憎がうごめく恐るべき“東京”に巻き込まれていく。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)