長渕剛(58)が、8月22日夜から静岡県富士宮市の富士山麓で開催する「10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」。この一大イベントに向け、さまざまな角度、証言から連載する。

 脚本家の倉本聡氏(80)は、聴衆が20人あまりだった長渕剛のライブを体験している。

 95年、長渕はマスコミに追われていた時期があった。北海道・富良野に住む倉本氏は長渕に電話をかけ、「周りがうるさいだろうから、こっちに来たらどうか。隣に空いた別荘がある」と誘った。翌日、悦子夫人や子供たちを連れてやってきた。

 歌が命の長渕にとって歌えない状況ほどつらいことはなかった。倉本氏は「ここで歌ってみないか」と声をかけた。長渕は「喜んで歌いますよ」と答えた後、「ギターありますか」「ハーモニカありますか」と聞いてきた。倉本氏が主宰する富良野塾の稽古場で、聴衆は倉本氏と塾生20人ほど。長渕にとって最も少ない人数のライブは2時間に及んだ。「2、3曲歌うのかと思っていたけれど、結局、2時間も歌ってくれた。涙が出るくらいに感動的でした」。

 5、6年前の大みそか。誕生パーティーを富良野で開いた時、東京から駆けつけた長渕は飛び入りで参加した。「西新宿の親父の唄」の替え歌「富良野の親父の唄」を即興で歌った。倉本氏の代表作ドラマ「北の国から」の挿入歌としても使われ、田中邦衛ふんする主人公黒板五郎がよく口ずさんだ。「涙が出ましたね。『西新宿の親父の唄』は彼の歌の中でも、もっとも好きな曲だった。初めて聴いた時、『やるなら今しかねえ』という歌詞が突き刺さった。私もそうやって生きてきたし、同質の怒りを持って生きる男がいることにたまらなくうれしかった」。

 倉本氏が脚本を担当した10年のドラマ「歸國(きこく)」では軍人役で出演した。倉本氏が電話で出演交渉した。互いに強い信頼関係でつながっている。「彼の歌は激しい。社会に対する怒りとか、若者が世の中に抱く不平不満を歌っている。怒りのモチベーションをストレートに出してくるし、出すことによる反発も気にしない。そういう正直さが彼の魅力だと思う。彼の曲を聴くと元気が出てくる」。

 20人を前に歌った長渕が、今度は10万人という大観衆を相手に、富士山を背に歌う。「富士山は日本の故郷みたいな山で、一種の信仰の山。人間が敵対できないくらい大きな山で、パワーを持っている。富士山とけんかするのか、守られるのか、それともしょって立つのか。いわば、修験者のような行動に見える。富士山をバックに歌うのは格好いいけれど、それなりの覚悟がいるぞと言いたいな」。(敬称略)【特別取材班】

 ◆倉本聡(くらもと・そう)1935年(昭10)1月1日、東京都生まれ。東大文学部卒業後、59年ニッポン放送入社。63年退社後、脚本家として活動。フジテレビ系「北の国から」は81年から21年間続く。84年富良野塾を開き、12年の閉塾まで俳優、脚本家を育成。代表作はドラマ「前略おふくろ様」、映画「駅 STATION」など。