歌舞伎俳優中村勘九郎、七之助らが所属する芸能事務所「ファーンウッド」の特別顧問で、今年3月4日に79歳で亡くなった田中亨さんを「偲ぶ会」が30日、東京・浅草公会堂で営まれ、歌舞伎、芸能、劇場関係者ら約500人が参列した。

田中さんは12年に亡くなった18代目中村勘三郎さんの父17代目勘三郎から数えると、約45年にわたって中村屋4世代をマネジメントしてきた。平成中村座、コクーン歌舞伎、鹿児島県三島村での「俊寛」公演など、18代目のアイデアを実現させてきた。99年にファーンウッドを立ち上げ、長らく社長を務めた。

勘九郎は、七之助、長男勘太郎、次男長三郎とあいさつに立ち「物心つく前から一緒にいた。いなくなると思ってなかった。すごくさみしいです」と声を詰まらせた。

さらに「父が発想したものを数々形にしたのは田中さんです。いろんな戦いがあったと思います。不誠実なことには烈火のごとく怒っていました。でも中身は本当にチャーミングで、かわいらしくて、何よりも優しい人でした。残してくれた財産、人、場所を大切に、誠実に真摯(しんし)に向き合って芝居をすることが、一番喜んでくれることだと思います」と語った。

また、ゴルフ好きだった18代目と田中さんをしのび「今、上でおもしろいことやってるんですよ。ゴルフと新しい芝居。あの2人に負けないよう一生懸命やります」となどと話した。

祭壇の遺影には、田中さんが平和を願って企画をしていた中東公演の打ち合わせの時に撮影された写真が使われた。弔辞は、俳優永島敏行、元巨人投手の江川卓さんらが読んだ。

また、田中さんの故郷、福島県いわき市で、新盆を迎えた家庭を回る「じゃんがら念仏踊り」が登場し、故人を悼んだ。