アイドルと芸能事務所の契約に「恋愛禁止条項」があるのは日本や韓国だけと言われます。疑似恋愛の対象としてのイメージを守るための決めごとは、人権問題として欧米諸国の多くで即アウトの条項でしょう。この題材に焦点を当てた映画「恋愛裁判」(23日公開)の深田晃司監督(46)に聞きました。【相原斎】
■映画「恋愛裁判」
「恋愛裁判」の主人公は人気上昇中のグループでセンターを務めています。アイドルとしての自覚は強く、「恋愛禁止ルール」も認識しています。ところが、中学時代の同級生と偶然再会し、恋心が芽生えます。グループのために自制していた彼女ですが、ある事件をきっかけに彼の元に走ってしまいます。所属事務所から訴状が届いたのはその8カ月後。彼女は法廷に立たされることになります。
映画は今年のカンヌ映画祭を始め、すでに海外の多くのイベントで上映されています。日本独特の題材に各国ではどんな反応があったのでしょう。
深田 明確な違いがありましたね。この映画を撮るに当たって、改めてアイドル文化というものを考えてみたんですけど、僕みたいに関心がなかった人間でも実は「紅白」やドラマ、CMなどを通じてどっぷり共存している。韓国などアジア諸国にはそれに近いものがあって、自分ごととして見てくれました。一方、欧米から見れば韓国のアイドルは比較的グローバルに活動しているけど、日本の場合はジャニーズ問題も注目されて、遠い国の搾取的なビジネスというイメージが強いわけです。フランスの人にとっては「恋愛禁止」なんて違和感の塊だし、(女性)アイドルを応援するのが男性ばかりということにも驚いていましたね。最近は女性ファンも増えているから、そこは変わってきたと思いますけど。
■事務所との法廷対決
日本には「恋愛禁止」が根付く土壌があったのでしょうか。
深田 「疑似恋愛」の色が強いのは日本の芸能界の特色で、アイドルでなくても、俳優が結婚すると人気が下がってしまう「○○ロス」現象とか、それは日本だけだと思いますね。握手会とかの接触イベントも日本独特の文化。昔のアイドルのキャッチコピーもほとんどが疑似恋愛を匂わせるものでした。古くは「源氏物語」の光源氏が小さな子を自分好みの女性に育てましたけど、あの感覚が事務所がアイドルを方針通りに育成するシステムに近いのかもしれません。
映画のきっかけは、監督がたまたま目にした新聞記事でした。
深田 10年前ですね。アイドルがファンの男性と恋愛したことで所属事務所から損害賠償を請求されたというものでした。恋愛禁止の暗黙のルールがあることは認識していたんですが、契約書に実際に禁止条項があって裁判になったことに驚き、それを映画にしたいと思ったのが始まりです。
監督が目にした事例は15年9月と翌年1月の2つの裁判です。
15年のものは、アイドルグループの一員だったAさんがファンの男性と交際。この様子を撮った写真がファンを経由してグループメンバーの手に渡り、所属事務所の知るところとなりました。事務所はグループを解散させ、「交際禁止条項」違反としてAさんへの損害賠償と、彼女が未成年であったことからその父親にも監督者責任を求めて訴えました。
判決では、事務所側も指導、監督を怠っていたと認定。要求額を大幅に減免したものの、A子さんが禁止条項を理解した上で交際に及んだとして法的責任を一部認めました。
翌年のものは、同様にグループの一員だったB子さんがファンの男性と交際し、22歳になったのを機に「アイドルを辞めたい」という内容のメールを所属事務所に送ったのが発端です。事務所は、辞めることは了解したものの、時期に関しては事務所の決定に従うように伝えました。
その後、Aさんの脱退を他のメンバーが知ってあつれきが生じ、Aさんはライブを欠席。事務所に対して内容証明付で契約解除を通告しました。これに対し事務所が損害賠償訴訟を起こしたのです。
こちらの判決でも、アイドルの価値を維持するために異性との関係を避けたいと考えるのは当然と、マネジメント側の合理性は認められています。が、一方で恋愛感情は人としての本質の一つとして、損害賠償という制裁をもってこれを禁じることはアイドルの職業的特性を考慮しても、行きすぎの感は否めないと、法的責任を否定しています。
■一定の合理性認め
条項の内容や状況の微妙な差異により判決は分かれましたが、双方とも事務所側の「恋愛禁止ルール」については一定の合理性を認めています。
深田 準備段階でアイドル業界の取材を進める中で印象に残ったドキュメンタリー映像があって、そこに登場するアイドルたちがほとんど主体的な判断をしないんですね。韓国のものも見ましたけど、こちらはちゃんと自己主張している。振り返ってみれば、私たちもそれぞれの業界の暗黙のルールにいつの間にか支配されている。会社はその典型でしょうけど、けっこう言いたいことをのみ込んでいますよね。日本には「恋愛禁止」を受け入れる下地があるんだと思います。
元日向坂46の齊藤京子さん(28)を主演に迎えたことで作品にリアリティーが生まれました。
深田 脚本を見て出演を断るアイドル事務所が多かったことも事実です。クランクインの半年前になって、そろそろ主演を決めなくちゃという時に「齊藤京子さんが日向坂を卒業して東宝芸能に入る」というニュース記事を見たんです。写真で見てもイメージにぴったりだし、元アイドルで、おまけに東宝芸能なら映画に出る気もあるだろう、と。連絡したらすぐにオーディションに来てくれたんですよ。アイドル的なシーンはもちろんなんですが、裁判での独白シーンが最高に良くて、撮りながら僕が勝手に抱いていたステレオタイプなアイドル像が壊されていくような感覚がありました。
齊藤京子の話 深田監督とはアイドルとしてのディテールなどを入念にお話ししました。ライブ前にはどのタイミングでイヤモニを着けるのが普通かとか。劇中のメンバーにも現役(私立恵比寿中学・仲村悠菜、いぎなり東北産・桜ひなの)や元メンバー(元STU48今村美月)が多かったのでそれぞれの経験から意見を言い合いました。出来上がった映画はフィクションというより実際のアイドル活動のドキュメンタリーを見ているような感覚でした。
■恋愛が持つ残酷さ
深田 実際には知れば知るほど、現在のアイドル事務所の社長やプロデューサーに高圧的な人は少ないし、アイドル文化を純粋に愛している人が圧倒的に多いことが分かりました。条項を盾にとってアイドルを縛っている、というような図式を描いたら、一部の批判的な人たちは留飲を下げるかもしれないけど、それではちょっと昔の話になってしまいます。一方で恋愛が発覚すれば、人気が下がる傾向は今も変わりません。主人公が法廷で抱く、いったい誰と闘っているんだろうという感覚。そして、改めて恋愛が持つ残酷さが描きたかったことです。現実のアイドル文化に関わったり、接したりしている人、そしてアイドルに関心がなくてもいつの間にかその特有の文化と共存している、そんな人たちの心に少しでも響けばと思っています。
◆深田晃司(ふかだ・こうじ) 1980年(昭55)1月5日、東京生まれ。映画美学校を経て02年、自主映画「椅子」で長編初監督。16年「淵に立つ」がカンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞に。「よこがお」(16年)「LOVE LIFE」(22年)などの作品の他、「めくらやなぎと眠る女」(24年)の日本語版演出などアニメ作品にも多く関わっている。



