吉本興業ホールディングス元会長で一般社団法人マザー・ハハ代表理事の大﨑洋氏(72)が、俳優森田健作(76)がパーソナリティーを務めるニッポン放送「青春の勲章はくじけない心」(13日出演、月曜午後6時20分)とFM NACK5「青春もぎたて朝一番!」(19日出演、日曜午前6時30分)に出演する。

大﨑氏は2023年(令5)に吉本興業の会長を退任。昨年の大阪・関西万博の「催事検討会議」共同座長を務めて、成功へ導いた。

収録では、NACK5の番組でアシスタントを務める酒井法子(55)を前に「森田さんは緊張しないけど、生のりピーが前に来ると緊張します」。ニッポン放送の番組に出演の西村知美(55)には「吉本には6000人くらい芸人がいてるんですけど、ほぼ男性じゃないですか。歌手とか女優さんと話したことないので本当に緊張します」と照れた。

大﨑氏は2浪して関大に入学。就職について「働くのがいやで、付き合っていた女性に食べさせてもらおうと思っていたんです。だけど、友達が東京の渡辺プロを受けるというので、なら自分は吉本だと。新喜劇を見られると思ったんでね。母親の刺しゅうの先生から紹介してもらって、コネ入社です」と振り返った。

ダウンタウンの育ての親として知られる大﨑氏だが「なんか目つきの悪い、男の子2人と目が合って、なんだこいつらと思ったの運命の出会い」と笑った。

2人に喫茶店に呼び出されて「僕らのことどう思います」「面白いよ。日本一になれるし、世界にも行けると思う」「じゃあ、どうして僕ら売れないんですか」「なんでやろな。じゃあ、俺、マネジャーするわ」というやりとりがあって、マネジャーに就任した。

お笑い界の頂点に立ったダウンタウンを「マネジャーをやってたけど、横で一緒に並んで座ってたくらい。誰がやっても売れたと思います。“育ての親”といわれるけど、逆に僕が教えてもらった。僕はサラリーマンなんで、いつでも水道の蛇口をひねったらお水が出て来る。彼ら芸人は、頑張って一発当ててやろうという気持ちがある」と話した。

23年に吉本興業を退社した時のことを森田が尋ねると、大﨑氏は「自分の会社じゃないから、いつまで残ったらいいのかと考えてました。なんか居心地がだんだん悪くなってきて。大﨑興業じゃなくて吉本興業だから、今の社長にバトンタッチしました」。

吉本退任後は、裏方として昨年の関西・大阪万博を成功へと導いた。「経産省のお偉いさんが来て『万博やってくれ』って言うので、1年半くらい『いやです』って断っていました」。新たな組織「催事検討会議」が立ち上げられ、共同座長に就任した。「大阪で生まれて、大阪で育って、吉本も大阪の会社だったから恩返ししなきゃと思ってね。こんなにも悪口をいわれるものかと思ったけど、子供たちが会場にお弁当を持っていく姿を見て成功を確信した。うれしかった」と振り返った。

そして今は、今月25、26日に開催される「沖縄国際文化祭」の実行委員長として全力投球している。吉本時代に09年から24年まで16回手がけた「沖縄国際映画祭」を発展させた者だ。昨年第1回が行われ、20億円以上の経済効果があった。「沖縄をエンターテインメントの島にするために頑張ろうと思います。100年計画くらいでね。森田さんの背中を見て付いていって、120歳くらいまで行きようかと思います」と笑った。