広島原爆忌の6日、大阪の小さな映画館で「黒川の女たち」を見て私は、あらためて碑や礎(いしじ)に刻まれた文字の重さを感じた。

岐阜県黒川村(現・白川町)の黒川満蒙開拓団は旧満州・吉林省に690人が入植。だが1945年8月、突然のソ連侵攻。すでに男手は兵隊に取られ、年寄りと女性、子どもだけになった開拓団は、ソ連兵や現地人に度々襲われ、いくつかの団は集団自決した。

そんなとき黒川開拓団にソ連軍から女性を提供すれば守ってやる、いわゆる性接待を持ちかけられ、15人の女性が日夜、兵の相手をさせられ、団は異例の約3分の2、451人の帰国をなしとげた。

だが帰国した女性たちは2度、地獄を見る。団は性接待について箝口(かんこう)令を敷き、一方で女性たちには堪えがたい誹謗(ひぼう)中傷の言葉が浴びせられた。

約30年後、招魂碑とともに建てられた「乙女の碑」も、そのことには一切触れていない。そうした中、90歳が近づいた女性たちは次々に口を開き、ついに乙女の碑の横に、性被害の実態を刻んだ新たな碑を建てるまでにこぎつけた。

映画は、そんな女性たちの証言と、その苦悩を知りつつ屈託なくまとわりつく孫やひ孫を描く。女性たちが新たな碑に寄せる思いは、たった1つ「なかったことには、できない」だ。

碑に刻まれた思いといえば、7月12日の朝日新聞夕刊<24万2567の名 誓う52ページ 礎に刻まれた戦没者 全員掲載 沖縄タイムス 伝えた命の証>には激しい衝撃を受けた。地元で「沖タイ」と親しまれるこの新聞は、平和の礎に刻まれた米兵を含む24万余の戦没者の名前を13日間、52ページの紙面を使って掲載したのだ。

最終は沖縄慰霊の日の前日、6月22日。平和を希求するに、これほどの紙面がほかにあるだろうか。52ページ全てをつなぐと、南の島に咲く月桃の花が浮かぶ小粋な作り。ちなみに月桃の花の花言葉は-「強い決意」。そして「優雅」とあった。

◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「ニュースONE」などに出演中。