新宿・歌舞伎町で飛び降り自殺や性暴力、傷害致死事件などが頻発したことで注目を集めている「トー横キッズ」。“地雷系”と呼ばれる独特なファッションに身を包み、ゴジラのオブジェで知られる「新宿東宝ビル」(旧コマ劇場)周辺に集まる少年少女の一群を指す言葉だ。いったい彼らは何者なのか。いつからそこに「棲みついた」のか。クリーン化が進む現代日本の隠された闇を追い続ける東京大学大学院准教授で社会学者の開沼博氏が、現役のトー横キッズと向き合い真剣勝負、少年少女たちのリアルに迫った。
■コロナ禍が“トー横キッズ”を生み出した
開沼博(以下、開沼):先日(11月28日)、歌舞伎町の雑居ビルで傷害致死の疑いで逮捕された4人の若い男たちが「トー横キッズ」だったと報道されています。
トー横キッズのR君(以下R君):たしかにTOHOビル横の広場によくたまっていた人たちで僕も見たことがありますが、「トー横キッズ」ではありません。ヤンキー風の人たちでした。こっちとしては風評被害もいいところです(笑)。
開沼:なるほど、仲間ではないんですね。R君はトー横にたまるようになってどのくらいになるんですか。
R君:僕は通信制の高校生なんですけど、今年の3月頃から居ついている感じですね。
開沼:コロナ禍の真っただ中じゃないですか。
R君:そうです。カブキ(歌舞伎町)の街中は閑散としていましたね。だから逆に僕たちみたいな弱々しい雰囲気の人間たちが集まりやすかったというのがありますね。
開沼:つまり、コロナ禍が「トー横キッズ」を生み出したと言えると。
R君:そうだと思います。ただ、「トー横キッズ」ってメディアが作った言葉で、僕たちは「トー横民」とか「界隈の子」みたいな言い方をしてるんですけどね。
開沼:でも、なぜ渋谷とか池袋じゃなくて歌舞伎町だったんだろう。
R君:2年くらい前、SNSで10代のメンヘラ(心の健康に悩んでいる人)の女の子たちを言葉巧みにTOHOビル辺りに呼び集めていた男がいて、それがきっかけだと聞いています。その女の子たちがカブキに居ついて日々の様子をSNSで発信するうちに、似たようなタイプの子が徐々に増えていき、「トー横界隈」と呼ばれるようになったという感じです。
開沼:偶然だったと。
R君:最近は有名になりすぎて、観光名所化している部分もあるので普通の小中高生もファッション感覚で来るようになっていますが、コアなトー横民の多くは、もともと引きこもりだったり、不登校だったり、発達障害だったり家庭環境が荒れていたりで、全員、はっきり言ってメンヘラ。
あとはコロナ禍におけるステイホームの影響で親が1日中家にいるようになり、それがうざくて逃げ出した子もいます。だから、捜索願が出ているような家出少女とかも多いです。で、カブキ周辺の安ホテルを取って長期間滞在しながら、界隈で遊んでいる。コアなトー横民はそんな感じかと思います。
開沼:トー横界隈自体はリアルな現象ではあるけれど、その背景にはSNSがあって、それを見て同じようなタイプの子が集まってきたんだと。
R君:はい。リストカットして、地雷系ファッションが好きで、心を病んでるみたいな子たちって、これまでもネットやSNSの中ではわりと濃密につながっていたんですが、トー横界隈というリアルな場所が誕生したことで、自分も行ってみたい、そこで仲間を作りたいと集まりだした。僕自身もツイッターで界隈のことを知るまでは、ずっと家にこもってSNSやゲームばかりしていました。
■「自己承認欲求かな」
開沼:引きこもって、SNSやネットでつながっていればいいやという人も多いじゃないですか。なぜR君たちはあえてリアルな場に出てきたのですか。
R君:自己承認欲求って言うんですか? そういうことかなと自分では思ってます。
開沼:自己承認欲求? でも本当に病んでいたり引きこもったりしている人が、わざわざ繁華街に出てくるんですかね。
R君:うーん、人にもよるけど、トー横界隈に来るようなメンヘラの子たちって、家庭とか学校とかっていう場になじめないだけであって、自分と同じような感性の子たちとはなじめるし、関わり合いを持ちたいと思っているんです。で、実際に来てみると、自分と似たタイプの子もいるし、異性からもチヤホヤしてもらえたりするわけです。そうするとやっぱり気持ちがいいし、居心地がいいんじゃないでしょうか。
開沼:なるほど。じゃあ、いわゆる昔の暴走族とかチーマー、ギャングみたいな「集団」とは違うと。
R君:チームとか組織みたいな概念とはかけ離れた存在だと思っています。メンヘラの若い子たちの緩やかなコミュニティーといったところですかね。
開沼:現状の男女比や人数、年齢層はどんな感じですか。
R君:女の子が7で、男が3といった感じですかね。年齢層は10代前半~20代前半くらいで、メインは中高生です。人数は流動的なんですけど、毎日30~40人はいます。体感ですけど、俺のようにカブキのホテルに長期滞在しているようなコアな人間は50人くらい、たまに“通い”でやってくる子も入れれば500人は余裕で超えるかなと。
開沼:昔の暴走族とか、1990年代のガン黒ギャルたちなんかは、上下関係がわりと厳格だったんだけど、トー横界隈はどうなんだろう。
R君:上下関係はまったくありません。古株だろうが新参者だろうが、年齢に関係なく全員タメ口だし、同じ「人種」だと感じたら絶対に排除するようなこともない。それが界隈の文化ですね。
開沼:ほう、それは面白い。とはいえ人が集まればヒエラルキーが生まれ、マウンティングを取り合ったり、いじめが始まったりするのが世の常。そんなことはないんでしょうか。
■「フラットで緩く、思いやりにあふれた優しい空間」
R君:基本的にないですね。そもそもいじめに遭ったりして、上下関係とかになじめない人間の集まりなので。皆さんが思っている以上にフラットで緩く、思いやりにあふれた、優しい空間だと思います。
開沼:「素人を喰う玄人がうごめく怖い街」。これまでの歌舞伎町にはそんなイメージがこびりついていたわけだけど、そんな文脈では語れない「新種」と「異質な空間」がコロナ禍の歌舞伎町に突如として生まれた、ということですかね。
R君:そう言われると「っぽく」聞こえますけど、実際はただ路上にたむろって、ストロング缶片手にたばこ吸って、たまにドラッグと言っても、せいぜいエスエスブロン錠をキメて仲間同士で他愛もない話をしているだけの、平和な場なんですけどね(笑)」
◆開沼博(かいぬま・ひろし)/東京大学大学院准教授・社会学者。1984年生まれ。東京大学卒。同大学院博士課程単位取得。立命館大学准教授などを経て、2021年東京大学大学院情報学環准教授。近著に『日本の盲点』(PHP新書)。「漂白される社会=日本」をテーマに表裏、左右問わず縦横無尽にフィールドワークを続け、現代日本の闇を追い続ける。
【根本 直樹 : ライター(マーブルオフィス)】